8
寺に堂々と入っていく宇田、その後ろに着いて行ってみれば庭掃除の小姓達が「あぁ、宇田様!」と駆け寄ってくる。
本格的に役者のような扱い…。
寺も、どうにも浮世絵のような、庭園のような、豪華な寺だった。
「宇田様、そちらの方々は?」
「どうやらこちらにご用事のようでしたのでお連れ致しました。お坊様のようですので謙迺和尚へと」
「畏まりました」
小姓が堂へ走って行く。
随分と手際よく事が進むもんだ。
寄ってたかった小姓達は宇田に、「お怪我はよろしいですか」だの、「ご気分は」だの、忙しそうに対応している。
二人から見れば正直、異様な光景だった。
間もなくして小姓が和尚を連れてくる。
背の高い、紺色の袈裟を着た和尚がやって来て、
「ようこそ高台寺へ。和尚の謙迺でございます。
あんさんら、どちらから?」
丁寧に腰を降り、つるぴか頭を出された。
「條徳寺から参りました、南條朱鷺貴と申します。
我が和尚、幹斎からの命により、ただいま巡業修行中にございます。
先程清水寺に参りましたところ、東禅和尚からこちらを紹介されまして、参りました所存です」
「あぁ、東禅はんなぁ」
にやにやと人の良さそうな笑みを浮かべる謙迺に、朱鷺貴は先程東禅に貰った添え状を渡した。
謙迺はにやにやしながら添え状に目を通し、「東禅はんいうことは…」と続けた。
「あんさんらは勤皇倒幕の思想なんかいな」
静かに告げられた。
「はい?」
「それなら話は佐幕水戸派の浪人の話やろうか」
「えっ」
的を射ている。
答えられずにいた朱鷺貴にふと宇田が「なるほど」と呟いた。
それから謙迺と二人見つめ合い微笑んで、「私がその佐幕水戸派の浪人ですよ」と告げた。
「えっ、」
「しかしならまぁ、話はひとつです。
貴方達は江戸を目指しなさい。京はまだ渦中にない」
話が全然わからない。
「いや、わてらはあの、ただの旅人で、脱藩浪人ではありまへんえ」
「そうでしょう。
しかし折角の修行なら、有意義に行うが良いでしょう。
無知とは愚かです。このご時世、うかうか爆走をしてしまいますと、幕人のように晒し首になりますよ」
「は?」
「知りまへんか?
井伊大老が江戸城で暗殺されたと」
「殺生な」と朱鷺貴が言うより早く「えっ、」と宇田が驚愕を示した。
「あの、井伊大老が?」
「まぁ先行きわかっていた話です。仕方のないこと。
あの人はころころと尊攘論を変える」
「はぁ…」
宇田は初めて、脱力し笑顔を消した。
「…私は今から水戸に帰ります」
「…今日は遅いです。夕飯をご用意しますので、お二方もどうぞ」
「しかし、」
「明日の朝にしては如何でしょう。急がば回れとよく言いますし。
世間とは、そういうものです。何も正しくはないのです、己以外は」
宇田は項垂れ、しかし渋々と「はい、」と頷いた。
「さ、お二人もどうぞ」
柔和な笑みは崩さず。
それには正直、朱鷺貴も翡翠も寒気がする思いだった。
「…キナ臭いとは、ホンマですな」
ポツリと翡翠が朱鷺貴にだけ呟いた
しかし次の瞬間には物凄く、胡散臭いまでに可愛らしい笑顔を謙迺に向け、
「あぁ、おおきにぃ。わてはもう歩き詰めで疲れていました…是非とも身体を休めたいですぅ」
媚を売った。
謙迺は変わらぬ笑顔で「あはは、どうぞごゆっくりぃ」と、心なしか先程より明るいような笑顔で言う。
ちらっと朱鷺貴を見てにやっとした翡翠の表情は、まさしく何か企んでいそうないやらしいもので。
今度は瞬時に、憂いある控えめな表情を作り宇田を見上げ、「宇田はん…」と然り気無く宇田の腕を掴み、誘惑するような見映えで。
「心敬う方を亡くす痛み、わてにも、わかります。
少し、おやすみしましょ?」
それに宇田は唖然…いや、見惚れるような熱視線を向けていた。
完璧に嫌な予感しかしねぇぞこれ。
流石に朱鷺貴が「おい翡翠、」と嗜めようとするが、「しかし、」と謙迺と宇田に言う。
「わてら、清水のお坊様からのお遣いです。お気持ちはありがたいのですが、一度帰らせて頂きます」
…最早黙って見守ることにした。
「そうですか…。
どうにも貴殿方は、よもや論などはない、全うな道を行くようですね」
「あい」
「ならばお伝えください。
心配はいらない、私たちは貴方の見方だと」
…は?
謙迺の言葉に若干頭が付いていかず。
なに、それ。
「やはり、そうですか」
と翡翠が言うのに対し、「はい」と謙迺は答えた。
「え、どゆこと?」
「簡単に申し上げれば、私は彼とは古くからの友人だということです」
「は?」
「そして宇田様も、私たちの見方なのです」
なに。
「恐らく東禅は、彼の身を案じたのでしょう。
なので宇田様、見失わず」
宇田は黙っていた。
なに、みんな仲間なの?
てことはなに?
「それって倒幕なの?」
「はい、そういうことです」
………。
なにそれぇぇぇ!
「ただ、こんなに堂々と言う住職は私くらいです」
ホンマかいな!
「私は私の道を行きます」
なんたる神道。いや、利己。
しかしそれを聞いた宇田は漸く顔を上げ和尚に手を差し出す。米国での親交を深める挨拶、だ。
和尚は握り返す。
「…いつかまた、私は貴方の元に帰ってきます」
「はい、」
「正しい正しくはないは、貴方の将来の夢が語ってくれますよ」
いまはまだ、
宇田兵衛、後の伊東甲子太郎と呼ばれる男の末路を誰も知らず。
少しだけ朱鷺貴と翡翠は、情勢のあり方の一文字目を読んだところだった。
- 17 -
*前次#
ページ: