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 寺に堂々と入っていく宇田、その後ろに着いて行ってみれば庭掃除の小姓達が「あぁ、宇田様!」と駆け寄ってくる。

 本格的に役者のような扱い…。

 寺も、どうにも浮世絵のような、庭園のような、豪華な寺だった。

「宇田様、そちらの方々は?」
「どうやらこちらにご用事のようでしたのでお連れ致しました。お坊様のようですので謙迺和尚けんないおしょうへと」
「畏まりました」

 小姓が堂へ走って行く。
 随分と手際よく事が進むもんだ。

 寄ってたかった小姓達は宇田に、「お怪我はよろしいですか」だの、「ご気分は」だの、忙しそうに対応している。

 二人から見れば正直、異様な光景だった。

 間もなくして小姓が和尚を連れてくる。
 背の高い、紺色の袈裟を着た和尚がやって来て、

「ようこそ高台寺へ。和尚の謙迺でございます。
 あんさんら、どちらから?」

丁寧に腰を降り、つるぴか頭を出された。

「條徳寺から参りました、南條朱鷺貴と申します。
 我が和尚、幹斎からの命により、ただいま巡業修行中にございます。
 先程清水寺に参りましたところ、東禅和尚からこちらを紹介されまして、参りました所存です」
「あぁ、東禅はんなぁ」

 にやにやと人の良さそうな笑みを浮かべる謙迺に、朱鷺貴は先程東禅に貰った添え状を渡した。
 謙迺はにやにやしながら添え状に目を通し、「東禅はんいうことは…」と続けた。

「あんさんらは勤皇倒幕きんのうとうばくの思想なんかいな」

 静かに告げられた。

「はい?」
「それなら話は佐幕水戸派さばくみとはの浪人の話やろうか」
「えっ」

 的を射ている。

 答えられずにいた朱鷺貴にふと宇田が「なるほど」と呟いた。

 それから謙迺と二人見つめ合い微笑んで、「私がその佐幕水戸派の浪人ですよ」と告げた。

「えっ、」
「しかしならまぁ、話はひとつです。
 貴方達は江戸を目指しなさい。京はまだ渦中にない」

 話が全然わからない。

「いや、わてらはあの、ただの旅人で、脱藩浪人ではありまへんえ」
「そうでしょう。
 しかし折角の修行なら、有意義に行うが良いでしょう。
 無知とは愚かです。このご時世、うかうか爆走をしてしまいますと、幕人のように晒し首になりますよ」
「は?」
「知りまへんか?
 井伊大老が江戸城で暗殺されたと」

 「殺生な」と朱鷺貴が言うより早く「えっ、」と宇田が驚愕を示した。

「あの、井伊大老が?」
「まぁ先行きわかっていた話です。仕方のないこと。
 あの人はころころと尊攘論そんじょうろんを変える」
「はぁ…」

 宇田は初めて、脱力し笑顔を消した。

「…私は今から水戸に帰ります」
「…今日は遅いです。夕飯をご用意しますので、お二方もどうぞ」
「しかし、」
「明日の朝にしては如何でしょう。急がば回れとよく言いますし。
 世間とは、そういうものです。何も正しくはないのです、己以外は」

 宇田は項垂れ、しかし渋々と「はい、」と頷いた。

「さ、お二人もどうぞ」

 柔和な笑みは崩さず。
 それには正直、朱鷺貴も翡翠も寒気がする思いだった。

「…キナ臭いとは、ホンマですな」

 ポツリと翡翠が朱鷺貴にだけ呟いた
 しかし次の瞬間には物凄く、胡散臭いまでに可愛らしい笑顔を謙迺に向け、

「あぁ、おおきにぃ。わてはもう歩き詰めで疲れていました…是非とも身体を休めたいですぅ」

媚を売った。

 謙迺は変わらぬ笑顔で「あはは、どうぞごゆっくりぃ」と、心なしか先程より明るいような笑顔で言う。

 ちらっと朱鷺貴を見てにやっとした翡翠の表情は、まさしく何か企んでいそうないやらしいもので。

 今度は瞬時に、憂いある控えめな表情を作り宇田を見上げ、「宇田はん…」と然り気無く宇田の腕を掴み、誘惑するような見映えで。

「心敬う方を亡くす痛み、わてにも、わかります。
 少し、おやすみしましょ?」

 それに宇田は唖然…いや、見惚れるような熱視線を向けていた。

 完璧に嫌な予感しかしねぇぞこれ。

 流石に朱鷺貴が「おい翡翠、」と嗜めようとするが、「しかし、」と謙迺と宇田に言う。

「わてら、清水のお坊様からのお遣いです。お気持ちはありがたいのですが、一度帰らせて頂きます」

 …最早黙って見守ることにした。

「そうですか…。
 どうにも貴殿方は、よもや論などはない、全うな道を行くようですね」
「あい」
「ならばお伝えください。
 心配はいらない、私たちは貴方の見方だと」

 …は?

 謙迺の言葉に若干頭が付いていかず。

 なに、それ。

「やはり、そうですか」

 と翡翠が言うのに対し、「はい」と謙迺は答えた。

「え、どゆこと?」
「簡単に申し上げれば、私は彼とは古くからの友人だということです」
「は?」
「そして宇田様も、私たちの見方なのです」

 なに。

「恐らく東禅は、彼の身を案じたのでしょう。
 なので宇田様、見失わず」

 宇田は黙っていた。

 なに、みんな仲間なの?
 てことはなに?

「それって倒幕なの?」
「はい、そういうことです」

 ………。
 なにそれぇぇぇ!

「ただ、こんなに堂々と言う住職は私くらいです」

 ホンマかいな!

「私は私の道を行きます」

 なんたる神道。いや、利己。

 しかしそれを聞いた宇田は漸く顔を上げ和尚に手を差し出す。米国での親交を深める挨拶、だ。
 和尚は握り返す。

「…いつかまた、私は貴方の元に帰ってきます」
「はい、」
「正しい正しくはないは、貴方の将来の夢が語ってくれますよ」

 いまはまだ、
 宇田兵衛、後の伊東いとう甲子太郎かしたろうと呼ばれる男の末路を誰も知らず。

 少しだけ朱鷺貴と翡翠は、情勢のあり方の一文字目を読んだところだった。

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