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「坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた」

 閉め出され、坂を下っている最中。

「今日の生鱈奈良生なっ、まな鰹、一寸四五貫目」

 退屈そうな色々が朱鷺貴の背後から聞こえる。本人はまた、「今日の生鱈奈良生まな鰹っ!」と言いきり「うっしゃ!」と妙なはしゃぎ。

 うるさい、なんなんだこいつ。

 最終的に。

「誰かが私の頭の中の彼を殺して食べている」

 |都々逸《どどいつ》に発展した。流石は元色子、歌は上手い。早口言葉に飽きた末だろうが、ていうか。

「うるせぇよアホ!」

 怖ぇよアホ!

 あたりは薄暗くなりつつある、先程までと打って変わった人通りのない坂道。

「なんですかぁ、トキさん」
「うるせぇんだよさっきから!経みてぇにぺらぺらぺらぺらぁ!どーすんだよ出てきたらぁぁ!」
「何が?」
「霊だよ霊!」
「はぁ?」

 物凄くバカにしたように翡翠が言った。

「せやかて暇やないですか」
「暇じゃない、いま寺に向かってんだよバカ」
「えぇ〜。わてもう疲れもした」
「わかった。けど黙って」
「隣の客は」
「うるさぁぁい!」
「げほっ、口乾いた」

 バカだこいつ。

「知らねぇよバカぁ!」
「おやおや口が乾いたとな」

 声がした。後ろから。
 はっとして翡翠は懐に忍ばせた短刀に手を掛ける。いままでのバカさをひっくり返すような殺気が漂った。

 気配がないと振り向けば、身成りの小綺麗な刀を差す侍らしき男が、薄笑いで立っていた。

 髪も高結いで柔和な狐顔の笑み。しかし、言うなれば歌舞伎の女顔のような見映えの男に、少しの胡散臭さを覚えた。

「あらまぁ、綺麗なお方ですね。
 清水の音羽の滝でご祈願如何でしょうか」

 なんだこいつ。

 男娼(仮)、翡翠が思う。

 物凄く男色っぽいけど、なんか違う。

「翡翠、やめろよ」

 殺気を感じ取った朱鷺貴がその背に言うも、まだまだじわりと殺気が出る。

「あら、ごめんなさいね。
 まぁそう殺気立たないでくださいませ。通りすがりの者でございます」

 ふぅと息を吐き、朱鷺貴はやれやれと、翡翠を宥めようかと肩に触れようとした瞬間、ぱしっと瞬時に払われてしまった。
 それで「あっ、」と、一気に翡翠の殺気がなくなった。

「…すまへんトキさん」
「…ひでぇ扱い」
「いやぁ、そのぅ…」

 翡翠は気まずそうに俯いて懐からその手を抜きやり場が無さそうに、くしゃっと髪を掴んだ。

「…何かご用事か、侍さん」
「いえお坊様。道にでもお迷いかと思いまして」
「…高台寺に行こうと思うのだが」
「あら丁度良い。私も一度ご用がありまして。よろしければご一緒しても宜しいでしょうか」

 先程まで殺気立っていた翡翠をちらっと見れば翡翠は男を見つめ、「いいですよ」と薄ら笑いを浮かべる。

「あらありがたい。貴方のお名前は翡翠さん、で?」
「あい、そうです」
「そちらのお坊様は?」
「…南條だ」

 男はにやっと笑った。

「私水戸の宇田うだ兵衛ひょうえと申します」

 宇田兵衛。
 聞いたことはないが、水戸学だのなんだの言われた後では落ち着かない。

 宇田がふいに、片手を差し出してきたのには閉口。また警戒心が生まれたが。

「Let's shake hands.
 米国での親交を深める挨拶です」
「へ?」

 それから。

「ふっ、ははは!なんやそれ!」

 翡翠の殺気は完全になくなった、が。
 笑顔ながらに翡翠は宇田を目で射抜く。宇田も笑顔は崩さないが、手を引っ込めたのだった。

「すまへんなぁ。わては日本人やさかいに」
「しかし翡翠さん、お強いのですね」
「…はぁ」

 物腰柔らかに言われるそれに、翡翠としても落ち着かない。
 この男、雰囲気が独特だ。

「私も剣術に励む身です故、お強い方に出会うと胸が熱くなります。
 不躾、お許しくださいませ」

 翡翠は答えなかった。

 それからはひたすらに宇田が話し掛けるも、翡翠は相槌すらせず黙り混み、仕方なく朱鷺貴が「へぇ」だの「はぁ」だのを返した。

 確かにうるさかった翡翠を黙らせてくれて助かるが、これはこれで朱鷺貴には苦痛だ。

 その宇田の話を拾えば、江戸の波乱に辟易し、試しに京都に来てみたらしかった。

 つくづく、どうでもいい話。

 しかしそれもすぐ終わり、坂の下にその“高台寺”はあった。

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