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奥の離のような場所から般若心経が聞こえる。
場所がはっきりしたところで戸を叩けば経は止まり、「どなたでしょうか」と、少し警戒を感じる声色。
「読経中に大変ご無礼を致す。
京の條徳寺から参りました、巡業修行中の者にございます」
中からはまだ警戒心を解かない声で「…どうぞ」と聞こえる。
恐る恐る、「失礼致します」と声を掛け戸を開ければ、仏具を前にしこちらに背を向けた、如何にも徳の高そうに堂々とした和尚がいた。
和尚はゆっくり振り向くと、その目は少し光がなく、2人は和尚が盲人だと悟った。
しかし盲人は言う、「お侍様でしょうか」と。
「いや…、」
「護身でしょうかね」
二人を見つめてとても優しい笑顔で言うが。
さて、どこまで見えているのか。
「あの…」
「驚いたお顔で。悟りましたか、」
「お坊様、わてらがお見えで?」
「いえ。
まぁ、そう堅くならないでください。しかしこちらへとも言えずにすみません。私、労咳を患っておりまして」
「はぁ…労咳…」
死に病ではないか。
「私はただいま巡業修行中でして、その中で、師匠である幹斎からの薬の教授があります。
もし貴殿がよろしければ、気休めですが私に診せては頂けないでしょうか」
「あぁ、この数々の草の臭いは、薬でしたか」
なるほど。
そうやって識別しているのか。
「失礼致します」
先に翡翠が和尚に近付けば朱鷺貴は「おい、」と制するしかない。和尚も「いけません、」と困惑を見せるが。
翡翠は微笑んで和尚の目の前に座り「大丈夫です」と言った。
「ウチの法師は少々物騒な物を持っておりますが、取って食おうと言うわけやありまへん故」
「はっ、」
すると和尚は楽しそうに笑い、告げる。
「なんとなくわかります。殺気やらがありません。
しかし、私は…」
「病なら、特に気にしません。それもそれだと、しかし、ならば運だ。こうして会えたなら、私達は」
「…ありがとうございます」
そして漸く。
和尚は「…どうぞ」と、目の前に掌を見せ、朱鷺貴を促したのだった。
「わざわざご足労頂いたのに、汲み取れず、すみませんでした」
「いえ、きっと、当然ですから」
朱鷺貴は堂へ入り、和尚の前に正座をした。翡翠も、漸く薬箱を下ろす。
「…お若いようですのに、礼儀正しい。
どこから、私の病を?」
「たまたまです。巡業故、最高僧の貴方に会いに来ました」
「弟子たちに無礼などはありませんでしたか?どうやら2人でお見えになったようで」
「大丈夫ですよお坊様。わてらが聞き及び、勝手にここまで来たのであります。お許しくださいまし」
「はぁぁ、すみません」
頭を下げる和尚に居たたまれなくなり、「お顔を上げてくださいな」と慌てる。
「しかし私はもう、長くはありません。なので、」
「…和尚、」
「弟子たちすら近付かないのです。ですからやはり、」
「お坊様」
見るに耐えなかったのか翡翠は遮り、和尚の頬に手を伸ばし、じっくり目を見て言った。
「確かに哀しいことですが、労咳とあればわてらにも、術がありません。
せやけど少しばかりはお役に立てるかもしれまへん。煩わしゅうなければお気休めかもしれませんが、わてに出来ることをしたい」
「…煩わしいだなんて、」
暫し見つめ合い、
「どうやら、右目が特にお悪いようですね」
と言い、翡翠は薬箱に手を伸ばした。
大したもんだと朱鷺貴は感心した。
「…その者が告げる思いで私どもは日本を巡っております。お役には立てないかも、しれませんが」
「お優しいお2人だ」
綺麗に笑い、和尚は言った。
「では、少しばかりお願い致します。
よろしければ弟子たちにも、ご教授頂きたい」
「勿論です」
漸く、ある意味仕事が得られたらしい。
話し合いでそれから3日程寺に滞在することになった。
3日間、朱鷺貴は小姓や坊主へ説法をし、その間翡翠は和尚の面倒を診ることになった。
掌で「こっちの目が荒い薬は朝ですよーこっちは夜ですー」とか言って。
そう言えば自分はあまり友好的ではないらしいなと朱鷺貴は思い直し考え、やはり翡翠には感心した。
「お前なんだかんだすげぇよな…」
素直に朱鷺貴は翡翠に述べる。正直、初日で朱鷺貴は参っていた。
近付こうにも「いや、なら和尚を診てください」と、小姓にすら相手にしてもらえず。
元々、難ある寺。あまり誰も寄り付かず、初日は寝床を確保しただけに成り下がってしまった。
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