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「すまへん、ホンマに」

 はっきりと翡翠が布団から眺めた朱鷺貴は酒瓶を煽り「うるせぇな」と言った。

 それすら安心する自分はついに、酸素不足で頭がおかしいのかと思う、だが事実泣きそうになり、「ホンマに、すまへん」それしか出て行かず、怠くも腕で視界を塞いだ。

「俺もぶよーじんだったわ、お前の兄ちゃん頭大丈夫かよマジでー」

 しかも
酔ってるじゃないかそれ。案外下戸なのかよとか、堪えて違うことを考えればやはり呼吸を少し止めてしまうもので。

 だがはっきりした意識では息を吐き出せた。泣いてしまうのが露見すればより、加速する。

「…見当はつくがどうしたの」
「…話したく、ありません」
「あっそ。随分荒っぽい野郎だねー」

 それよりかは。
 昔を思い出すとよくある症状だった。幼い頃には「気の持ちようだろ」と医者に言われたが、それよりは病的だと思う。

「…荒っぽいのは、そうです」
「よくもまぁこんな薄い壁でわからなかったもんやね、助けだとかさ」
「呼ぶ気すらない。別にそれに対しては…慣れです」
「お前それはさぁ、なに、合意なわけぇ?あんなんなってさぁ、」
「…いや無です」
「すげぇなにそれ坊さんかよ」

 酔ってる。
 こいつ非常に面倒だ。

「…休みますから」
「俺もあるよっ」
「は?」

 あまりにあっけらかんとよくわからんことをほざくので、翡翠は坊主を見つめた。
 顔が露になり「はっはー!泣いてやがるぅ、なっさけねー!」へべれけだった。

 そうだよこの坊主全部においてズレてるんだと翡翠は思い知った。

「俺もなぁ、あんなんなって死ぬかと思ったん、昔ぃ!だかぁ、お前よかったねー、徳は詰んで損ねーな、こりゃ」
「待て待て坊主、大丈夫かいな」
「だーめだったよぅ、俺焦っちゃったかんねあー見えて。でも思い出したんだかんねっ」
「はぁ…、あの、大丈夫ですか」

 また煽る。
 吐瀉されたら凄く困るんだけど。いや吐瀉しまくった自分が思うもおかしいけど。

「…まー、わかるっちゅーかぁ、なんやろ、あーなった対処思い出した」
「…トキさんにも、」

 このクソ程明るい世間知らずに、失神するほどの何かとか、マジで病じゃないのかお前と翡翠は心で毒吐く。頭打っちゃったとかそんなんでじゃないのと半信半疑だ。

「あーぜんとしたんさぁ、俺。
 しっかし、過去っちゅーやつは消えちゃくれねぇの、未だに、頭ん中でさぁ、浮かんじゃうわけ、母親の…」

 口を閉ざした。
 そして項垂れる朱鷺貴に、翡翠の方が気が気じゃなくなった。

「あー、あのぅ、そうですねトキさん。はい、なんでその」
「すまへんはなしやねん。俺がみっともねぇじゃん」
「いや今凄く説得力ないですソレ」
「もー嫌、お前のせーで自棄酒」
「あはぁ、死なないでくださいね」

 酒飲みすぎてな。

「死ぬかぁ!」

 とまた煽り「うぇっ、」とか言い始めたからには、

「待って、わて今無理やん、ちょっ…。
 酔ってるから言うけどあんたわりと最低やな!」
「あー、待って声出さないでマジでちょっと吐いてくる」
「は、」

 ふらふらっと朱鷺貴は立ち上がり、
厠へ行ったらしい。
 最早、

「え、なんなん?」

 あいつ頭がおかしいやろ。ズレとるやろ首から。普通やらん。世間知らずというか常識がないが、

「はっ、」

笑えた。
 一人憂鬱は消え「ふっはははは!」笑えた。気が違っているかもしれんなわても、とか思いながら。

 しかしまぁ。
 目を閉じて翡翠は考える。

 昔の傷は確かに消えないもんで。
 たまにこうして生きていることを嫌に教えてくれる。
 俗世捨てたら本気でそんなもの、なくなるかなと考えたが、どうやら不良坊主のように、結局ダメなんだろうと感じた。

 この墨と変わらんな。
 一生自分の模様となる。ならばあいつも確かにヤクザだと、妙な腑に落ち方をした。

 しかしなんだ、ならばその因縁、少しばかり、酔ってる勢いで聞いてみるかなとぼんやり翡翠は思ったのだが。

 残念ながら翡翠は疲労困憊で寝てしまった。

 疲労困憊して吐いて帰って来た朱鷺貴はそれを見て「ふぅ、」と安心を覚えた。息は凄く吐瀉物の酸っぱさが漂った。

 聞き出したいとか話したいとかはもう流石にない。確かに興味はあるのだが、そこまではしたなく煩悩でも無いもんだなと、冷えた頭で朱鷺貴は考えた。

 どうしたって自分には焼き付いたあれが自然現象のように思い起こされた。寺に引き取られた日、自分もああなった。

 仕方がないじゃないか、帰れば母の首を持った父が憔悴して立っているだなんて。俺はその時も、母、父を救えなかったんだ。
 あの場で倒れる前に見た父の自害すら生々しい。だが、苛みでああして混乱するのはなくなった。これも世捨てだと、少し憂鬱になってきたところで朱鷺貴は翡翠の隣に寝転んだ。

 寝れないかもしれないが、どうやら従者は寝れたのかと、それに安堵はして。

 結局気付けば二人とも寝ていた。

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