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宿屋に朝陽が照る。
振り返り、少し感慨を抱きつつ、朱鷺貴と翡翠は天命寺とは反対の朝日に向かい、近江を経った。
美濃《みのう》に付き昼近くまで歩いていれば、ちらほら、和傘がちらつくようになった。
二人が着いたのは美濃の国、加納藩《かのうはん》。正直、店は多いが「坊さんかい、へ、経でも読んでくれよ」と、些か雰囲気が悪いように感じた。
互いに少しのぴりつき、と言うかイライラを感じ取り、しかし京の血。なんとなく、
「坊さんかてなんや、殺生な顔付きで歩きまんな、トキさん」
「そうだな。お前みたいに愉快な雰囲気よりも葬式が似合うせいか自分でも人相が般若と化している気がしてならないな」
妙なイラつきのぶつけ合いをぶつぶつ言いながら歩く。
「この街はなんやろ、偉く皆友好的に話し掛けてきてくれますな。最早皆に聞こえるように経を読んで歩いたら、とても神々しいのではないですか」
「何を言う。経は死に行く者への手向けが大体だ。そんなことをすれば桶屋が儲かっちまうわ」
あらやだとても物騒な坊主。言うのも疲れてきた翡翠は直入に「殺伐としてますな」とだけ返した。
あまり知らない地に来てみては仕方ないが、極めつけは奉行人が数名、行く手を阻み「待て」と言ったのが、厄介であった。
奉行人は2人で高下駄に腕組。翡翠が小さく「うわぁ…」と、嫌そうに言ったのが朱鷺貴に届く。
確かに、元来そういう奴はこいつも、俺も嫌いな質だなと朱鷺貴は苦笑した。
出来れば関わりたくないなぁ、と、朱鷺貴は“気付かないフリ”を決め込もうと、目は合わさず「宿でも探すか」と翡翠に話を振り、そつなく、奉行人の横をすれ違った次の瞬間だった。
朱鷺貴が下げていた刀が突っ張りすっこけそうになった。翡翠が振り返り「あらなんでしょ」と奉行人に言い、仕方なく朱鷺貴も振り向こうとすればなるほど、鞘の先を掴まれたらしいと把握した。
「お主、この刀はなんだ坊主」
「ははぁ、護身用だが何か?」
「お主、本当に坊主か」
妙な絡まれ方をしたなと、やはり溜め息を吐き振り向いて奉行人を見やる。
仕方なしと、あの、幹斎が書いた紙切れを出して渡し、「修行にも物騒な世の中なんで」と突っぱねようとしたが。
御朱印あるその紙切れすら「なんだこれは」と訪ねられ、少しイラつきながらも朱鷺貴は「朱印と申しますが、寺とかの唯一正しいやつ」とテキトーに説明した。
「怪しいなお前」
「第一身成りがおかしい」
その奉行人のやり取りに、翡翠は吹き出してしまう。だがそれも、
「お前は薬屋か、と言うかなんなんだ?」
それには朱鷺貴が吹き出した。
不貞腐れたように翡翠が、「アホかも知れないですよ法師」と、わざわざ奉行人に聞こえるように言った。 これには奉行人も眉をぴくっとさせる。
「なんだお前」
「…わてらは巡業修行中やさかいに。確かに、この人少し身成りがおもろいですが、歴とした坊主であります。
トキさん、この人ら少々お疲れのようやし、経でも読んで心穏やかな時を過ごして頂きまへん?まぁ、お金は6文でいかがです?」
加納の奉行人はその殺伐とした皮肉に「は?」だが、流石に「ぶっ殺すぞ失せろ」を感じ取った朱鷺貴には苦い笑いしか浮かべられなかった。何故なら少しは同意だからだ。
「いやはや従者よ、そんなそんな、俺は高尚な坊主じゃないさ。このように朝から身なり綺麗に、市中見回りして道の隅々まで見て下さっている御身分の奉行様には6文も頂けないさ。落ち着こうぜ従者よ」
笑いを堪えるのに互いに必死だった。何より奉行人の「なに言ってるんだこいつら」感のアホ面が堪らなく痛快だった。
これは使えるな京の淑やかさと、朱鷺貴と翡翠は互いに見つめ合ってついに吹き出した。
どうやら褒められたわけではないらしいとそこで察したお役人は「なんだ貴様ら」最早謎であった。
「あぁ、はぁ。そないな訳でして我々のような未熟な修行僧より、市中の安全をどうか」
「だから、物騒なもんを持っとるからだな、」
「大丈夫ですぅ。この坊主は徳が低いので抜けませんからこれ。貴殿方よりもご立派でなく、竹光《たけみつ》ですしね」
「は、はぁ!?」
「徳が低いとは従者よ、よう言うなぁ」
ま、貴様らも所詮竹光の如しと、流石にそろそろ表現が露骨化し始めたころだった。
すぐ右手側の道沿いにあった傘屋から、
「お坊様、お待ちしておりました」
と、わりと美人な、桃色の着物を着た町娘が二人に向かって声を掛け、礼儀正しく腰を折ってから奉行人に言った。
「私そこの傘屋の娘、毬《まり》と申します。そちらのお坊様は私が京から呼びました」
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