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 なんだろうなと、言われたことに覚えがない二人だが、傘屋の毬と名乗った娘は奉行人を見つめていた。

 雰囲気を察し、朱鷺貴も翡翠も黙ることにした。見守る心境だが、しかし、奉行人の視線は二人に向けられ、どうしたもんかなと考える。

「お主ら本当に坊主か」
「いやはぁ、せやからそうさっきから言っとる気がしますが」

 せっかちな坊主、朱鷺貴が何より一番イライラしている。
 見かねて翡翠が「お毬さん」と、毬に笑顔で声を掛け、店に寄る。娘の真意は定かでない。

 無難に翡翠は、店先にあった傘を手にして広げ、「綺麗やねぇ、」と紫に白い花の傘を陽に透かせて眺める。中の骨が下に向かって徐々に、虹のような色彩。

「これはご主人が?それとも貴方が作ったのでしょうか」
「その傘は店主、私の父が造りました」

 くるくると回したりして傘を眺める翡翠に、娘がふと傘の中に入り込み、奉行人二人と朱鷺貴を背にして言った。

「あの二人、ここらじゃ少々厄介な絡み癖のあるので有名な奉行人なのですよ」
「なるほど」

 街にとってそう言われては仕様がないのか、翡翠は振り返り、「トキさん、」と呼ぶ。娘の申し出に乗ってみた方が良い、そう判断したのだ。

「ご主人、やはりあれなんやて。せやから早うしてやりましょ」
「は、」

 どうやら従者は何かは考えたようだが、深く考えなかったらしいなと、取り敢えず朱鷺貴は奉行人に「市中見回りご苦労様です」と告げ、軽く頭を下げて去ろうと考えた。

 後ろで「こら」だの「待て」だの声を上げるので、店に足を向けた朱鷺貴だが、今一度振り向き、奉行人二人にニヤリと笑って「あれなんやて!」とだけ告げる。

 奉行人二人が顔を合わせる様が見える翡翠は「腹痛下痢嘔吐発熱!」と、まるで経文のように叫ぶ。どうやら「あれ」を思い付いたらしい。

 酷い風評じゃないかと、朱鷺貴は「バカ」と制するのが返って真実味が増したらしい。奉行人が奇妙な顔をしてすごすご帰って行った。

「…翡翠、お前ね」
「いいですよお坊様。私独り身だと、そこら中の方が知っておりますから」
「…えっと、」
「なんやあの二人、厄介らしいですよ。まぁ、こちらも助かりました。おおきにどうも」
「いえいえ」

 なるほど。
 絡まれていたのを助けてくれた、ついでに追っ払った。漸く朱鷺貴も理解した。
 と言うことは普段なら、あまり関わりたくない案件だろうに、この娘はなんの腹積もりだろうか、少々疑問に感じてきた。

「あの…おおきにどうも」
「結果いなくなりましたので、お気になさらず」

 無償の物なのか?穏やかな表情の淑やかな対応に、なかなか未だ、掴めないのは朱鷺貴も翡翠も同じだった。

「疑り深いですねぇ。大丈夫ですよ。貴殿方から金銭を盗もうだとか、そういうものではありません。
 まぁ、困ったときはお互い様ですよ。どうです?よかったらお茶でも」

 顔に気持ちが出ていたらしい。

「は、えぇ、はぁ」

 と情けない対応の朱鷺貴に翡翠は、
慣れがないとこういう時大変。
 と他人事のように思う。この男、坊主の癖にホンマに人付き合いが下手だ。

「…折角やし傘、気に入ったんでこれ、いただけますか?中も見てみたいなぁ」
「はっ、」
「あらどうも」

 何っ。
 金なんて…。
あるけど、遊郭行ってねぇから!けどなにその無駄遣い。朱鷺貴は少し翡翠になんか言ってやろうかと考えたが、
 まぁ、これも運か。
 そう考えることにしてぐっと堪えた。

 この従者はどうやら金銭感覚が少しばかりおかしいらしいと旅立ってから気付いた。
 界隈(裏やら色売りやら)特有か、金に執着が無さすぎて最早賽銭箱に銭入れごとぶち込みそうだよなとぼんやり朱鷺貴は考える。

「…まぁ、必要なら買っていいけど…」
「ホンマに!?
 お毬さん流石や。この坊主金にうるさいからわて今断られるかと少し思って」
「あのねぇ、」
「あははは!
 仲がよろしいですね。どうぞどうぞ。なんならその一本は差し上げます」
「え、」
「いや、流石に道徳的に」
「その代わりなんですがぁ…」

 あ。
 やっぱり。
 来たなこりゃ物乞い。

 少し俯いて影を落とした毬を見て「だから言ったやん」という思いを朱鷺貴は翡翠に視線で投げ掛けた。翡翠も笑ってはいるが「やっちまったか」な心境である。

「あぁ、はぁ」

 そこでその曖昧さ、間違いなく流されるだろうと笑顔絶やさぬままに翡翠は朱鷺貴を見上げた。互いに絶妙に気まずい中、「お入りください」と毬が意味あり気に言う。

 やってしまった。

 物凄く、なんか厄介な気がしてならない二人は、しかしもう「はは、」と小さな笑いしか出なかった。

 坊主は平等で有るが故にこうして厄介をしてきたもんだと朱鷺貴は今すぐ翡翠に説法をしたい。
 俺、昔そうやって京の街で知らない未亡人の婆さんに、「困ってる」と言われて家に上がり込んだら「神の力をくれたまぇぇ!」とか言って押し倒されそうになって股間が三日も不能になるくらいビビったんだからねと従者に話してやりたい経験談。無償の親切なんてどうなっちゃうかわからないんだからね互いにと、朱鷺貴は更に頭の中でぐるぐると言いたいことが募っていきイライラが加速した。

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