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 半ば強引だったように感じていた朱鷺貴だったが、去り際に毬が「あの、」と、あの傘を持ってきたのだった。

 俯きがありながらも毬は、泣く前より明るいような、吹っ切れた表情で傘を持ち言う、「この傘で足りるでしょうか」と。

「…この傘は父が、私のために作った傘なのです」
「あらっ、」

 受け取ろうか迷うような一言。
 しかし毬は笑って「だから、よければお持ちください」と続ける。

 そうかこの娘、わりと強引っちゃぁ強引だったよなと、朱鷺貴はふと笑った。

「俺らも経つんでな。手紙で場所は知らせよう。親父さんには悪いがなら、翡翠、お前が持て」
「えっ、マジ?」
「マジマジ。大体お前がうるさいのが悪いんだ。それに坊主には似合わんからな」
「あ、そうですけれど、」

 「番傘ですが、軽いですよ」と翡翠に渡す毬を見て朱鷺貴は心ながら満足した。

「高いやろ…」
「見合うと思いまして」
「どうやら踏ん切りがついたようだな。じゃ、ご自愛を」

 先にすたすた首の木箱を持って歩く朱鷺貴に「気が短いなぁ…」とぼやきながらも翡翠は毬に頭を下げて後に続いた。傘は、背中の薬箱と背中の間、帯を通して取り敢えず刺した。

「トキさん、トキさん、」
「なんだよ早く歩け」

 思いの外、朱鷺貴は先程とは違い、湿気た面をして振り向く。

 やはり首を持つ、これには朱鷺貴は勝手ながら感慨があった。煩悩に近い念かもしれんと、毬に言ったはいいが、自分を少し葬れずにいる所があったのだと知った。

 何かを感じ取る翡翠は「なんやぁ?」と言う。果たしてこいつは経やら弔いに、何を乗せるものかと考える。

「…珍しいもんですなあんさん。
 いやね、傘持ちにくいなって」
「お前が欲しいって言ったんだよ?」
「あげるわ。なんや重いし、刀隠しに如何か」
「俺に預けると言うならそれ相当の事をしてやりますが、翡翠さん」
「お金を」
「却下」
「はぁ?」

 本当にケチ臭い。
 イラっとして翡翠は最早無理矢理、その傘を朱鷺貴の腰、刀の辺りにぶっ刺した。
 わりと重い荷物を持った朱鷺貴は抵抗敵わず「あぁもう、」と吐く。

「…誰かの念だなんて目覚め悪いやろ」
「…ふぅん。あっそ」
「そこまでするとは正直思わなかったんで、なんやわては驚いてますよ」

 確かに。
 ここまでしてやるほどの義理ではないのかもしれない。強引だったとして、突っぱねても正直よかったが、自分の中で毬に勝手をした。

「…徳が低いし修行だよ。こんなこともある」
「あっそ」

 しかし強気に言う従者は言葉のわりに感慨深い顔である。まぁ、何かを感じない方が不自然かと、道中ながら気分が少し乗った。自分はいま人の首を持って歩いているのに。

 知らない誰かのそれは確かに重い。
 しかしこれであの娘の整理が付くなら安いのだ。まぁ、実感しただけマシかと思いを持ち歩いている。いまはこの心境にいようと朱鷺貴は努める。

「…家族を葬るとは、些か物言いが違う気がしたんでわてはそれをあんさんに聞きたいんやけど」
「ん?」
「その人の家族。
 多分、一家断絶やからお毬さんは諦めたんやろと勝手ながら解釈したんやけど」
「多分そうだろ。だから寺も、受け入れなかったんだろ」
「ですよね。
 語らなかったけど、あの人諦めて誤魔化して月日が、経ってしもたんやろな」

 多分そうだ。

「…たまたま通りかかったのが修行坊主でよかったってもんで。そりゃ俺だってわかるさ」
「はぁ、」
「何かの縁だし、それはまぁ修行に尊いと言うことだ。安請け合いではなかったよ、翡翠」
「…あそうですか」
「むしろ俺でよかったのかとか、俺の方がいま不安だ。しかし仕方ない。これも坊主の仕事だ」
「…これから増えるのでしょうかトキさん」
「だろうな」

 ご時世は世知辛い。
 なんならきっと川原に晒されてるなんてざらじゃないだろう。

「…まだマシ。ちゃんと葬れるなら」
「そうですね」
「さて、辛気くさいからやめよう。ちょっと胸糞悪かったが、それもまぁ免じて」
「…はぁ」

 わからん。
 しかしまぁ、人の死に、まだ麻痺していなかった、これだけで確かに互いに幸いなんだと感じる。少しはお節介だが、それをやるくらいには互いに柵があるようだと知った一件だったかもしれない。

 多分放っておけなかったのが強くあるのだ。出会ったからにはやらねばという縁《えにし》もある。

 罪人として捕らえられた過去のある翡翠は思いを巡らせる。良きも悪きもあのときの縁がなければいまの自分はいないのかと。

 朱鷺貴も自分の事をやはり考えてしまう。坊主でなければ自分はどうだったのかと。

 ふと目についた、刀の上にぞんざいに刺さった傘。
 これは何への手向けか、毬の心理はわかる。だから託した従者の心理はわからない番傘。

 興味はあるが、今は弥一郎を葬るが先決と、それからは寺まで珍しく、無駄口を叩かずに二人は歩いた。

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