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「うぅぅう…」
前橋藩、赤城山を登る坊主、南條朱鷺貴の従者、藤宮翡翠は。
「…大丈夫かお前」
「吐きそう」
先程から山頂への赤城神社に向かっているのだが、こうして木の元へ踞り「寒い」だの「ふぇっくしぃぁ!」だの「うぅぅ」と眉間を抑えるだのを、何度かやっている。
どうやら山に酔ったらしい。
「頭が割れるかもしれない」
「一応まだ割れてないらしいぞ」
朱鷺貴はそんな、苦しむ翡翠の頭部を掴み、「大丈夫か〜」と言うも、
「待って、吐く。ホンマにあれ?聞こえないかも」
翡翠は現代で言う高山病に苦しんでいた。
そもそも上州あたりの温暖さは京にはないものだが、赤城山付近はまだ、4月も半ばに差し掛かるが、山道に雪が残るほどのに気温の差が激しい地域だった。高山病のせいでなく、通常でも身体が慣れない地域である。
朱鷺貴は人生でほとんど経験したことがなかった「雪」に不便を感じ、錫杖よろしく刀を突いて歩く始末だが、げっそりしたツレとは対称的に「すげぇ」と、純粋にはしゃいでいる。
「トキさん…これは一体なんうぇっ、なんなんですか」
ぴんぴんしてやがる坊主の体調が翡翠には不思議でならない。修行を重ねた。んなわけがない。なんせこいつは「不良坊主」である。大体、刀が不憫だ。
「日頃の行いかな」
耳が遠い。多分朱鷺貴が冗談を言っていると、「なん?」と聞き返してみる。息が白かった。
もしや自分の魂、抜けてるんじゃないかと思える吐息に「出てる、出てる、」と告げるが、
「え、なに?」
坊主はわりとアホである。
待て、自分に見えて坊主には見えないの?本当に霊的なやつなの?
と、勘違いしそうなほど、確かに空気は綺麗だった。埃は一切ない。これは自分のような邪な人間、当てられたのかも知れないと、翡翠は低酸素な頭で考える。
「あともうちょっとだから。したら山の水でも貰えよ」
「うぅう」
最早朱鷺貴が翡翠に肩を貸して歩かせる始末に。
二人が何故それほどまでにこの神社へ行こうとするか。
どうやらこの辺一体の寺は独特な論法を唱えるらしいと下諏訪、中山道を渡る最中で聞き及んだ。
「しかし、どうにも持論が濃すぎて反乱ばかりある地域だ。一揆が耐えず、いまや将軍の膝元で“世直し論”などと銘打つらしい。
“世直し論”などと曖昧な物言いだ。皆各々自由に“世直し論”を称え、すぐ一揆に至る喧嘩っ早さがあるらしい」
との評判。
ならばと朱鷺貴がその、江戸へ丁稚に向かう商人の男に訪ねてみた。「上州で一番霊験灼然《れいげんいやちこ》な場所はどこだ」と。
「さぁ…まぁ、赤城山の神社じゃないか」
そう聞いていまに至るわけだ。
霊験灼然な場所であれば恐らくは平和で、しかしそんな場所は大抵「話の出所」だったりする場合がある。
思想とはそういった新興宗教じみた物によると朱鷺貴は考える。ならばその「世直し論」などと言うもの、見聞しようと考えたわけであるが。
「場所はいまいちわからねぇらしい。なんでも何個か、赤城山に神社があるらしいが、みな「赤城神社」と名乗って、どこが本宮かとか、長年争ってるらしいぞ」
だそうで。
ならば山頂、つまりは一番宙、神に近い位置にある神社へ向かおうと考えたわけである。なにより。
「…女神が池にいるそうだし」
「はっ、」
そういうことか。
てか、この坊主は何故こう、宗派が云々言うわりにこれには当てられていない。翡翠でもざっくりわかる、神社は神道、寺院は仏道、似て非なるものだと。
であれば翡翠より朱鷺貴の方が当てられそうだが、流石無宗教を唱ってしまう坊主だけある。見事に何もない。
「…あんさん、ホンマになんか、法力とか持ってるんですか?」
「ん?」
へばって肩を借りている翡翠は喋れていてもへばっている。顔色が悪いのだ。
「多分持ってるぞ」
「…それ多分持ってないでしょ」
「いや、法力って見えないし」
「幽霊と変わらんやないですか」
「失敬な」
へばっているが大丈夫そうだ。足腰もしんどいし、頃合いを見てまた歩かせよう、と二人歩いて山頂を目指す。
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