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深谷《ふかや》から少々歩き、朝、朱鷺貴と翡翠は大宮《おおみや》「氷川神社《ひかわじんじゃ》」の参道を通る。
朝焼け、深谷から歩き詰めた朱鷺貴は翡翠に「マジでここにしないか翡翠」と提案をしてみたのだが翡翠は
「何を仰いますかトキさん。蕨《わらび》はここまでよりも半分行けばつきまっせ」
珍しく元気であった。
というのも、深谷で出会ったあの残党根岸の、「蕨の色町がいいよ!」のせいである。それだけを聞いて夜中、朱鷺貴は下手すればまだ熱があるというのに、
「はぁ商人様、わてら京者なんやけど、少々お休みできるお宿はありまへん?その…この旦那と二人、お忍びで…」
翡翠の、いかにも「わてら衆道《しゅうどう》の道行きやさかいに」とでも言いたそうな、それはそれは艶っぽく哀愁漂った物言いで、
「あぁぁ、はぁ…あんさん、その…」
難いの良い男をまるでちょろまかすかのようにひっ捕まえては耳元で
「わてはホンマは…あんさんくらい逞しい…屈強なお方と旅を共にしたいなぁ」だとか枕詞のように大宮までの案内をさせ、いざ着いてみれば、
「また会いましょ。蕨はどっち?」
道を聞いてぽいっと捨ててしまったのである。
最早朱鷺貴は「なんて酷い奴」と呆れと感心で傍観しついて行くことにしたのだが、いかんせん本調子でもなく夜中だったのもあり、遠かった。
「お前さあ、翡翠」
「なんですかトキさん」
「俺は一応神職なんですけど、近間の神社なんて天国なんですけど」
「まだ逝っちまうには早いですぜトキさん」
げっそりするわ。
「俺本調子やないんですけど」
「でも熱の時なんて絶頂やない?あれは多分生命の危機とか言うやつでっせ」
「いやごめん俺マジでお前ほど元気じゃないんやけどなんでぇ?なんでそんなに猿のようなのお前の本能」
「良い感じやったやろ?」
確かに興醒めしたわ。あんな見事に男を口説き落とすだなんてどれ程そういった色香が出てんだよ、どれだけの本能なんだよと若干その気でもなくなってきた朱鷺貴である。
「ん、はーい。お前のその人でなしさに坊主は閉口でーす…。もう俺が衆道に仕立てあげられたとかよりお前の節操なさに感服でーす」
「まあそれも処世の一つやね」
「何ホンマに。人ならなんでも口説けるの?」
「そりゃ誤解でっせ。ちゃんとそのような人を嗅ぎわけてま」
「それもすげぇよマジで!」
戌畜生のような翡翠の嗅覚にただただ呆れてしまう朱鷺貴だった。流石は狩り鳥というか猿、犬。悪口しか出てこないのがこの従者の残念なところ。
「ほなさっさと行きましょ遊郭。あんさん京から女を」
「それどころじゃない俺熱あったやんマジ元気ないやんわかるだろお前!」
「こっちはなんやぁ?あのようわからんネギで炸裂やねん」
「私利私欲。すっごい煩悩。あぁ、近くの神社が良い」
「当てられるんやろ?大宮宿は先刻聞いたやん、微妙やて」
「あーもうわかったわぁ!ったくなんてしょうもないのお前」
結局坊主は従者に流されてしまい、大宮を諦め蕨の色町へ出向く、という、とてもじゃないがクソ坊主に寄越す録には書けないような事態に発展したのだった。
旅は道連れ世は情け、御大層な美辞麗句だと、坊主の道徳が覆されようとしている。この男娼やくざ従者に。
それもおもろいもんなのか、何なのか、世の中わからないことは、たくさんある。
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