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 で、
 夕刻前には蕨についた。

 風邪気味だった朱鷺貴はというと、「あれ、なんか熱すっ飛んだか?」とわりとけろっとした挙げ句、

「なぁ俺一見だからそれっぽい店行こうぜ」
「でもなぁ、それなりがいいよなぁ」
「お前そういうの詳しくないの?」

 なんだか。

「あのー、トキさん?」
「なんだよ」
「蕨着いてからやけに積極的やないかえ!」

 あれだけがっついていた翡翠と形勢が逆転した様であった。坊主が、従者に。本来正しいが、妙な感覚を翡翠は覚える。

「いやお前が言ったんだよ?」
「わかってますけど」
「お前はいーやんか、俺はさ」
「わかってますけど!わてかて蕨なんて初やわ!」
「俺かて初やわ」
「あんさんの具合の悪さどないしたん!」
「いやー…」

 歩いていたら治っちゃった。
 風邪とはそんなものである。

「ただなぁ…。風邪だったからなぁ。上手く機能するかなぁ。ふにゃっふにゃだったんだよね」
「…別に知りたくないですけど」
「緩いとこ行こ」
「…下品やなぁ〜…」
「いやそうじゃなくて酒だけぱっと」
「うるさいわぁ!」

 坊主の方が遥かに精力を爆発させる気概だった。

「んーと…」

 そして二人は繁華街を歩こうとして、思い立つ。まずはこういうのは地元の人に聞いてみるが正確だろう。
 「あの〜」と声をかけようと翡翠が行こうとする。
 それを朱鷺貴は止めずに眺めるのだが。

「この辺、どこか良い酒処はありまへんか」
「あぁ、家は小料理屋をやってるよ〜」
「宿付きの」
「ん?」
「男児二人が」
「は?」
「楽しめそうな」

 この辺の社交で一度やはり、聞いた相手は無愛想な坊主を眺めて「あぁ…」と冷め、

「そういったお店で有名なのって、蕨ならうーん、なくはないけどどちらかといやぁ風習的にはもうちょい手前、大宮へは?」
「は?」
「坊さんだからかい?」
「んん?」

 そう。
 偉く拗れることに翡翠は気付くのであった。

「俺ぁからっきしわからんが、京から降りてきたんがわんさかいるよ、最近は」
「ほうほう」
「いやぁ、京の売り子はどれにしてもみんな上品だと、大繁盛だよ」

 それは果たして良いか悪いか…所謂「落ち」。

 「ホンマ、おおきに〜」と町人に愛想良く手を振り即、「一応緩そうでっせ」と翡翠は朱鷺貴に報告した。

「みたいだな」
「一見さんも行けそうやね」
「だが俺は遊郭に行きたいからね翡翠」
「ごちゃまぜ界隈なら平気でっしゃろ」
「そうか…」
「行くの、行かないの!?」
「行きます行きます」

 最早それが目の前となると、妙な一体感が生まれてきてしまうのも性だ。いま相棒はどうやら同じ目的で同じ場所を目指しているらしい。そう、悪いことだとしたら道連れを一人作ってしまえ。

 至極真面目な顔をして色街の門を潜った。もしかしてこの門が地獄門だとしても損するのは俺だけじゃない。だが遊郭がいい。
 わては道案内はしましたから。あとは賭けだがこの坊主は坊主だ、もう神に仕えし坊主だ、むしろ褒美が欲しいがそれには手腕がいる…。

 門から各々の欲を抱えて神妙。端から見れば「ただの女漁りじゃないか」でしかないのだが。

 街は島原程の栄えはない。むしろ色街としては静かだった。
 というか。

「…どうにも」

 一気になんとなく、雰囲気が変わったような気がした。

「あねぇ、また来てね」
「いらっしゃいそこの旦那、ちょっとお茶如何?」

 行き交う言葉に雰囲気を感じる。
 色街、確かに色だ。女も男も物色してる、色欲を。だが…。

「…こりゃぁ…」
「…廊すらあまりないですね。なんなら一見ばかりか…」
「江戸が近いせいかなぁ…、他所もんばかりがふらっと立ち寄れると…」

 朱鷺貴が話ながらピタッと止まった。視線は前方。
 なにかしらと翡翠も物色からそれに目をやれば「あららぁ…」苦い顔。

 道の真ん中で堂々と男女が深い抱擁をし、口付けまでしている。最早それは獣の域。

 釘付けになって「すげぇ…」と呟く朱鷺貴に「さぁ…」と、裾を引っ張る翡翠は露骨に目をそらしていたが、

「あれくらいの意気込みで行きましょうか…トキさん」

 意外にも、案外腰が引けたようだこの従者…と、それよりも正直朱鷺貴自身も掛ける言葉を失ったのは事実だ。

 早足で去ろうとする翡翠についていく。すれ違い様気にもせず撫でて露出した肩に食らいつく男、「まぁやめてぇ、」という色っぽい声。

 大分島原と気色が違うなと溜め息を吐きかければ前にいる翡翠の肩も小さく上下した。

 素知らぬ顔をしながら胸に秘めてしまうのは最早気質だ。少し歩いてから「ご機嫌麗しゅうなぁ…」とうんざりとしたように翡翠は言った。

「ま、まぁ」
「いやええんですけど。わてから見ればホンマに品がないわぁ」
「そうだな」
「いやええんですけど、わては処理さえ出来れば。一見ありにそれほど過度な期待も致しませんし」
「おいご機嫌麗しゅうなあ、お前」

 色町はしかしそれほど活気もない。これは外れなんじゃないかと諦めていたところ、ふと翡翠が左側の店を見て立ち止まった。

 確かにまわりよりは盛り上がりもありそうだし、まずは見た目が赤い扉に木彫りの竜の装飾と、豪華だし大きかった。

「トキさんトキさん」
「ん?ここにすんの?」
「はい。なんやまわりよりも京の近さがあるやないですか」
「そーだね」
「よっしゃ!」

 妥協案ではあったけど。これだけ活気がありそうならごろつきだっているかもしれないが京っぽい。その辺作法がうるさいといいなぁ、という賭けだった。

 そう言えばこいつ金の感覚が少しばかりズレていた、大丈夫だろうかと朱鷺貴の頭を一瞬よぎる。

 やっぱり無駄に豪華そうなとこを選ぶのね、君は。俺もこの環境下はちょっと同意だけどね。

 決まれば翡翠は朱鷺貴の手を引いて進む。やはり若者この手に億劫がないらしい。朱鷺貴は翡翠に心底苦笑だが関心もした。

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