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「はぁ、…っ、」
身体の痛みが、熱が、「この牝犬が」と罵られるのに性分は歯を噛む。義理の性分にそうそうなついてはやらない。自分は、自分はと母を汚した侍も、斬られ、父の舞った血も思い出す、だけどもこうして背後の男に髪を鷲捕まれて溶かされている自分はなんなんだと、自分に重なる龍の入れ墨は離さない。
せめて舌切り前に睨み付けてやろうかと振り返って。
酷く快楽に溺れた男の顔を見て、憎しみ、それよりも悔しさばかりが胃液と込み上げる。どうしようもない。やりようもない。だがこの男に準じたフリをしていつか、いつかその喉を切ってやればこれは満たされるのではないか。
そうだ、いつか殺してやれば。
冷えた瞬間に「お義父様、」と甘い声が出た自分は手につく位置に刃物を触る。
「どうした水鶏」と首筋にかかった生臭い息にも「ふふふ、ははっ、」と笑いが出てくるもんで。
強引に自分の身体を軽々と天井へ向けた、龍のヤクザの目は濁って見えた。きっと、自分には腕に、藤と鳥の証が刺されているのだと、絡めるフリをしたその腕が目に入りどうしようもない感情が沸く。
「お義父様」
その腕で短剣を抜けば間抜けなまでにヤクザは困惑して。
ふはは、死んでしまえ。
汗が浮いた喉仏に、切っ先を───
「おい」
目が覚めた。
視界に若い男の顔が見えては、
「…っ、」
息を切り呑み込むようにその場で手元を探したけど。
「…なぃ、」
刀などどこにもなかった。
全て、夢だったようだ。だが、錯乱しそうで「殺してやる…っ、」と叫ぶような喉で翡翠は半身を起こし、視界に覗いた男を押し飛ばして馬乗りになった。
相手は裸でもなければ遥かにあの男よりも若い。
だが吉田と名乗った男は歪んで破顔し「…っははははぁ!」と嘲笑った。
「………あぁっ、」
理解した。
同時に脱力した翡翠は息を切らしながら、掴んだ胸ぐらをやるせなく離す。
日差しは朝だった。
「朝から血気盛んだな走る馬」
皮肉を言いながら吉田栄太郎は着物を直し、「くわばらくわばら」と嘲笑う。
「馬に乗られるほど餓えてないのですが、あんたはどうやら血に飢えているらしいな」
気まずくなり「うっさいわ、」と吐き捨てる。
寝起きの悪癖がどうやら久々に出たようだった。体を見る限りこの使えない牛野郎は自分を起こしに部屋を訪れた、と言うところか。
翡翠にはあれから一部屋、空き部屋を貸し与えられた。
皮肉なことにこの空き部屋を使っていた遊女は少し前、淋病で死んでしまったのだと昨夜、聞かされた。
色々と精神状態には過度な重圧、焦燥、その他良くないものが押し寄せているらしかった。
「そんなに殺しがしたいですか?朝から気迫が違いますなぁ、使える馬と言うものは」
「…えぇまぁあんさんの喉にあと少しで刃を入れる予定やったけど」
「そのような夢を見たのですか?」
上に乗ったままなのも悪いが、不意に尻を撫でられ、あぁ、こいつ、嗜みかと勘違いをすれば、「早く退いてくれませんか」と、無理矢理身を翻されたので、仕方なく翡翠は男の上から退いてやった。
「あんさんも悪趣味と違いまっか?若いと大変ですなぁ、嗜み言うなら相手してやってもよろしくてよ」
「生憎と上流でもないもので。まぁ、安価な女などここにどれほどいるか」
「腐って溶けるくらいにはいますなぁ、武士であるなら二道とは古い話とお思いな質で?」
「それほどの血気ならさっさと仕事でもして頂けますか。あんたのように使える下男と違うんで早起きして起こしに来たのですが、流石は優雅なものですね」
「そうですか。わては客で来たはずやったんやけどご苦労様」
「用心棒を買って出たのは、はてさて」
「…飯などいりません、お気遣いなく。女用意して頂けた方がましですわ」
「殺してしまうでしょう、その調子では」
「…あんさん京者みたいやね。はいはい行ってきますよ。全然宛がねぇんやけどね、長州のド田舎なんざ」
「それを探すのが馬の仕事でしょ?」
いちいち腹の立つ男だ。
しかし解せないが言ってしまったのは男の約束だ。翡翠は「けっ、」と立ち上がり出て行こうとするが。
「あんた、そんなに困ってるなら私が今夜ばかりはお待ちしましょうかぁ?」
吉田の、始終人をバカにした口調に翡翠はぴきっとなり「はぁ?」と振り返る。
「なんやあんさん、言うてること矛盾してませんか」
「あんたを鳴かせるのも嗜みかとね」
「初会でっか?
なんやおもろくないこけ落としやね。いくら頂けまっか?」
「ははは気質はやはり安価の売女と変わりませんな、京とは少し、違いますね」
「なんとでもどうぞ。
悪癖やけどね。寝首かいたらすまへんなぁ」
「おぉ怖。おもしろくない冗談」
去る前に聞いておこうか。
翡翠は吉田に嘲笑を浮かべ、「お仕事ならば、一両一分か二両二分のお侍さんはいらっしゃいますか」と問いかけた。
「はぁ?」と言ったいちいちいけ好かねぇアホ野郎に翡翠は満足した。
「バーカ」と吐き捨て翡翠は部屋を出ていく。
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