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「…朝霧」
「嫌」

 娘とは難儀だ。

「…綾」
「なんですか?」

 朝霧を退かすつもりで朱鷺貴は半身を起こした。体は近くなったが、朝霧の両腕を掴んで退け、「お前はさ」と、昨夜の自刃騒動を思い出した。

「…平気なのか、お前」
「何や?」
「侍に刀を向けられたこと」
「はぁ、」

 急にそっぽを向いた。

「助けてくれはったんは感謝致しますけれど」
「…俺の従者がな」
「それは、」
「悪いが呼んではくれないか。破天荒な癖に無駄に世話焼きだ。あの侍を足腰立たなくして殺していたら」
「それ、生業やないんですか?」
「あぁ?」

 なんだか無償に。

「…お前腹が立つ女だな。違うと言ってるだろうよ」
「違うんですか」
「俺が心配しているのはあいつ、人を殺してやいないか…。
 わかるんだよ共に旅なんてしていれば。どうでもいいことに腹を立て、平気で人くらいは殺してしまう。坊主としてはそれを避けなければあいつと共に旅をしていることは失格だ」
「…はぁ?」

 あんたが言うのぉ?

 朝霧の態度は打って変わる。
 当たり前だ、自分はただの金蔓だし、この女としては仕方のない生業であるが。
 ふと、寂しそうに朝霧は俯いたのだった。

「…例え殺してしまったいうて、そないは坊さんとおるあの方の答えではないんですか」

 …助けられたわりによく言う。
 いや、それも門違いだ。翡翠は勝手にそうしたのだから。

「…もしそうだとしたら聞く義理が俺にはある」
「何を」
「道徳を破った意味だよ。一番の罪であると俺はあいつに説教をする責務がある、何より…」

 人を殺すのは坊主でなかったとしても、自分の性分では嫌いだ。

「…まだあいつはそれを見つけていない」
「…あぁ、そうですか」

 朱鷺貴を見つめた朝霧は皮肉な表情で「嫌いな人」と答えた。

「これを言うことは私にとっての罪なのですけれど」
「聞いて欲しいのか」
「はい。惚れそうやね」
「…は?」
「さあさ行ってくださいな。そないにあの男娼がお好みなんやね」
「違ぇっての。あいつが女と寝てたと言う方がまだましだよ、正直」
「はいはいどうぞどうぞ」
「なんだかなぁ…っ、」

 なぜ女はこんな怪奇な生き物なのか。
 だが自分も難儀だ。この、肌を合わせた女の方が何故従者より解り合えないか。

 簡単だ。従者の方が、一夜共にした売女よりも遥かに共にいる。だが、不思議だ。身体と思考はどうやら、思考の方が勝るらしいな。
 遊郭で学ぶことはこれなのかと、幾分か翡翠を気の毒に感じ、朱鷺貴は着物を直し見世を出る。

 もうなんだっていいよ、欲深いが3日もここにいなくていい。雑用を押し付けられた、苛めに合ったと言っていた翡翠を思う。くだらない。それで重罪を犯していやしないかと不安でならなかった。

 本末転倒とはこの事だ。恋だ愛だ色欲だ、こんなのは非常に無駄である。良くも悪くも朱鷺貴は翡翠が述べる通り、純粋だった。

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