10
「どうかしていたんですよ。
そらぁわてのタマですわ。トキさん、狩り鶏はねぇ、籠に入ってはいられんのです。籠をぶっ壊すことだって」
「…お前腹痛いって言ってなかったっけ」
「は?」
「籠ぶっ壊した結果ということか?」
「…いや、」
どうだろう。
そうかもしれない。暴れ狂って、弱った時にまた別の狩り鶏に食われてしまう。
「じゃぁ籠は要らねぇか、何が欲しいんだ翡翠」
「え?」
「どうやら、狩り道具は預かったらしいが」
ふと立って朱鷺貴は、「へっくしょぅええ」と親父臭いくしゃみをして、あろうことか自分の着物で拭き畳み始めるのだから「いや、返してくださいな」と言うしかない。
「んーえーよ返したるけど川入ってこいやバッチい」
「は?」
「あ俺も湯浴びしてねぇな」
「いや、あんたは流石に川はあかんやろ」
「大差あるかぁ?」
「待ちぃ、わかりました今無になってくるさかい少々待ってて」
「へっくしょぅ〜」
「絶対それで拭かないで、汚いわ」
「大差あるかぁ?」
考えるけど。
「わかりましたはい、もーえーです」
と、さっさと川へ向かうのだけど、入ってみればどうやら無になれるほどの水流じゃなかったらしい。
浸かってはいるがふとした瞬間に流れた翡翠を見て「おいマジか」と降りて行くしかない。
逃げられる前にと翡翠を捕まえたが最後だった、にやっと悪どく笑った翡翠は朱鷺貴の手を引っ張る。
「あっ、」と言う間によろけた朱鷺貴に「ひっへっへ」と翡翠は笑って手を借り、川から出た。
ただただ汚くなったようにしか思えない翡翠に、取り敢えず朱鷺貴は「てめぇこの野郎!」とぶっ叩こうとしてふと、翡翠のだらけた襦袢の隙から、迷い蝶が目に入る。
ふと何も言わなくなった坊主の視線はわかる。だが案外、それも慣れたことだと、「そういうもんやろ」と翡翠は言った。
「…この川やはり汚いですねぇ。ただただ汚れただけやったわ」
「…見るからに汚ぇじゃん」
目をそらしてしまった坊主に「そうやね」と翡翠は笑う。
「入るべきやなかった。トキさん宿を」
「そうだよなぁ、お前って本当にアホ」
沈黙した。
あぁ、そう。
「…そうですね。砂利やら何やら痛かった」
夢の中の景色がふと浮かんだ。
「うん、ホントに宿探そ。蕨よりは出たし、この辺なんかあんだろ」
「風呂屋でいいから行きましょうか」
「お前はな。俺は寝ないと多分」
「昨晩は機能しましたかトキさん」
ギクッとした。
まぁ、そう、「最高でしたが」と答える。
「タマだけふやけてたよーな気もしなくないですけど」
「ふっ、」
想像しただけで笑えたが、「わてもですわぁぁ」と腹を抱えるように笑った翡翠に「うわっ、」としか言えない。
「…まったく」
互いにまぁまぁ、漸く目が合った。「バカだねぇお前」と「すません」が素直になる。
「まぁ、そっとしときますんで、そっとしといてくれへん?」
「ん?」
「どうかしていたんですよ、わてなんかが」
何かやろうとしたのが間違いでしたが、多分これからもあること。
何も出来ないことほどの間違いは、ないでしょうと少し過去が見える。
「…難儀なもんだな」
「トキさんほどやないです」
過去がちらつく。
逃避行。これは性分で、柱に繋がれているのがいけない。
「そうかなぁ…」
「…トキさんにもあるやろ」
「まぁね」
「まだそっとしといてください」
「ん、そーだね」
随分気が長くなったもんだ。
「だがまぁ、」
「へっくしょ、」
やはり冷え込んできた、従者までくしゃみを始めてしまった。
「…宿」
「え、今何か言いかけましたね」
「まだだろ。けど、取り敢えず武器預かってるんで着替えてください。宿」
「…沸いてますな、意味がわからんのやけどわかりました」
恐らく互いにそれを切り、仕舞いには殺し合いボロ雑巾になったとしたら。
その時は、昔からそうだ。少し穏やかになるのかもしれないなと、互いにボケた頭で川口の、宿を探し始めた。
江戸はもう、目の前。
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