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「はぁ…やはり浮世絵いうんは美しいものですねぇ…」
「お前が見ているそれは一体なんなんだ翡翠」

 江戸について早々だった。
 翡翠は何か、紙のようなものを購入し(やはり銭の感覚がおかしい)先程からそれを眺めては「ははぁ〜」と歩いている。

「いや、わてら中仙道を歩いてきたやないですか。で、この浮世絵を見てくださいな。ここがわてらがおる板橋ですけれど」

 話している最中にどうやら駕籠屋が「旅人さんかい、ちょっくら」と話を掛けてくる。
 「またか…」とうんざりして次には「あいさおおきに〜」と体のよい笑顔で翡翠が断りを入れている。
 かれこれ江戸に入って間もないが、先程からどうにも商人から声を掛けられるのだ。

 というか、商人ばかりが多いのだ。

「どうにも盛んだなぁ、流石は江戸と言うべきか」
「いやはや…」

 翡翠は立ち止まり、「実に面白いもんで」と朱鷺貴に紙を見せる。
 そう、それが流行りの浮世絵だった。

「わかりますかここ、この右の旦那に商人が集ってるやろ?浮世絵と言うのは風刺や何やらがあるもんやけどこれ、この絵。面白いと思いまへんか、これわてらのようやろまさしく」
「あぁ…そうだね。見事にそうだね」

 それから翡翠は顔をあげ「ん?」と橋の入り口辺りを眺めては急に向かうので「なに?」と朱鷺貴は従者に従うのだが気付く。
 首が橋に置かれていた。

「うわっ…」
「罪状は|謀叛《むほん》だなど、偉く曖昧ですなぁ…」
「うっわぁ、」
「うーん…」

 再び浮世絵を見ては「そんなに華やかでもないのですね」と翡翠は浮世絵をほいっと朱鷺貴に渡したのだった。

「川なんやし近くに刑場があるのでしょうかね」

 首をちらっと見つめては「くわばらくわばら〜」と橋に差し掛かる。

「なんや江戸入りから胸糞悪いもんですな」
「うん、まぁ…」

 然り気無く朱鷺貴も手を合わせ数珠をじゃりじゃりと擦りつつ、「頼むから着いて来ないでくれよ」と腹の底で読経。如何にもあの首は悪霊になりそうだ。

「まぁわての首も|千日前《せんにちまえ》あたりに転がってますけどね」
「怖いこと言うなよ〜、いま読経中なんだから」
「いやはや…」

 確かにヤクザ稼業ならそれはそうだろうけども。
 しかし翡翠は案外笑って朱鷺貴に振り返った。

「はて、しかしわては取り憑きはしないようなんやけどね」
「ん?」
「わては昨日の遊郭の件で些か自暴自棄でしたのでシャキッとしましたな」
「縁起でもねぇな…まだ怒ってんの?」
「いえ、そうじゃありませんぜ。まぁ読経でもしとってくださいな」
「感じ悪〜、」

 案外翡翠の心は、本当に晴れているのである。それは朱鷺貴にも見て取れるので言及は止めた。
 だがまぁ、滑稽かもしれない。そう思えたら「おかしな話だな」と、笑える気もしてきた。

 晒し首の葬列のようだった橋で笑えるものなど、坊主なら尚のこといないだろうに。

「…しかし命を持って往かねば償えぬ罪なんて、あの首は何をしたんだろうな」
「…はい?」
「いやぁ坊主の読経だ」
「さぁ…」

 白州の上を思い出す。

「親でも殺したんやろかね。罪人なんて考えていけば沢山罪などあるやろうて」
「親かぁ。まぁ考えてもキリはないか。寺にでも奉った方が、なんだか洗われる気がするよな」

 父親の凶器が浮かんでくる。

「トキさんはそれを笑い飛ばせるようですな」
「まぁね。他人事だからね」
「なるほどね」

 それで坊主が務まるのならまぁ、寺だろうが安いものだ。

「ちなみにトキさんがやっちまった一番の悪党ってなんですの?」
「うーん、一昨日女と寝たな。俺もあの首の横にいるかもしれんと考えると暫くは萎えそうだ」
「あぁ、え、死罪なんですか?」

 板橋を渡り終えた。
 確か次が日本橋という橋だと翡翠は浮世絵を思い出す。

「首は繋がってるよ。けど晒されるな露見したら」
「えぇ、そうなんっ」
「お前見たことないか?ずらっと縛られて並ばされて晒されてる坊主を」
「ないですね。そんなにあることなんで?」
「わりと。しかし仏は偏屈だろうと考えるのは男色は良いと言うところだな」
「ああ確かに。そんならなんで?」
「わからん。けどお前、いただろ坊主の10や20」
「えぇまあ…」
「それも無駄遣いとして微妙だけどな」

 意外な事実を知る。そうか勘違い。それほどの罪になるなら確かに女に興味はなくすよなぁ、普通なら。徳が高ければ、まともなら。

「…男色も苦行の一貫なんですな」
「いや、妥協かな」
「そう言うと途端に怠惰やねぇ。なんや何に耐えているんかホンマにわかりませんな」
「同感だな」

 朱鷺貴も偏屈だがなるほど、曲がってもいないな。歪んだ末にだとすればその朱鷺貴の純粋さすら確かに徳が高いのではないかと錯乱してきた。
 だがそうか、それも一種の避行か。

「徳とは難しいことで」
「…どうかな。まぁ出来ないから修行なんだろ」

 なるほど。

「シャキッとしますなぁ」

 翡翠は軽口のような口調だが朱鷺貴は取り敢えず「そーだね」と怠く返しておく。

 朱鷺貴だって、昨日「今はまだ踏み込むな」と言った翡翠に、ある意味、人らしいとほっとしたのはあったのだ。
 それも笑える話。ただこの場所は非常に土臭く感じた。

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