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ふと、何かを思い付いたかのように翡翠が「ねぇねトキさん」と振り向く。
にかっと、憎たらしいまでに眩しく無邪気なくせに、色もある笑みの翡翠にこれは来るか、こう言うときは碌でもないか一興と言えるものかの博打だと読もうとする。
もし外れでなければお前も大概酔狂だよと朱鷺貴が思った先に、「道場破りも気になるなぁ」とわざとらしく憎たらしく言うのだから、ああ、間違いなく外れていないと悟る。
「道場破りしましょか」
やっぱりね。
だがまぁ、予想はしたので悪くはない。俺も大概酔狂だなぁ、まぁ暴れ馬の話でも聞いてやろうか、そんな心境で「はぁ?」と、朱鷺貴は翡翠に返した。
「道場破りですよ。
商いもままならないけど情報は集まりそう、あ、刑場がある!ほんで、坊主と薬屋。
しかしどうにもキナ臭い街でキナ臭い事柄が勃発していそう、これは風を読んで流行りに乗るのはいかがかと翡翠は考えました。道場なら、寝れるし」
ははぁ君は暴れ馬だねぇ、やはり。
こいつの持つ勘は、しかし野生に近いと朱鷺貴は捉えているのだ。
朱鷺貴は珍しく、手巾に下げる刀の柄を意識するがの如く触れ、少し誇らしげな心境で翡翠に告げるのだった。
「言ったことなかったかもしれないが、俺は|柳生新陰流《やぎゅうしんかげりゅう》だよ、実は」
「え゛っ」
やはりそうなるよなぁと、更に誇らしげになる朱鷺貴だが、
「それ、最弱やないですか」
と口を吐いてしまった翡翠の回答に、一変して「え゛っ」と詰まる。
「よく知らないけど、そうなん?」
「え、はい恐らく。というか、それは剣術言うよりこう、なんでしょ、わては暗器使いやないですか?そういうた体術なんかのなんや、殺し屋が習得しそうな」
「普通に殺し屋って言うのやめないかお前」
「事実やし」
「うーん濁りなく純で正直だねお前は。お前の方がこんな最弱よりも坊主向いてるんやないかってくらいにもう、世捨て人のようだな」
「あ、わても近頃そう思っとりましたわ」
「…まぁ俺はさらに、表位ですら伝授太刀までいかんかったけどね」
「わからんけど恐らくえらい弱い」
「|北条《ほうじょう》の落ちこぼれ言われとったからね」
朱鷺貴は軽く流そうとしているが「北条」という言葉に翡翠が「え?北条?」と聞き返しても「まあ昔の話だ」と終わってしまった。
「うーん…」
「俺弱いんだよ翡翠」
「…まぁそんなのわてがなんとかしますよトキさん。わてはトキさんの武器やろうて」
…やる気のある若者、これは関心に値するが、
「…武器じゃないな。旅人で、どれかと言えば俺の従者だ」
手綱を緩めるとすぐにどこかに行ってしまうのも理解している。
しかし翡翠はそれに答えはしない。「さぁ行きましょ」には哀愁も色気もある。
この青年は一人の気になったとき、そういう表情に、なる。
難儀な性格だ。
自分もそうだ。互いの倫理観を信じるも宗教かもしれない。
「…いいか翡翠。道場は、大抵は竹刀だとか、本当に人を殺せる道具じゃない。それは稽古だからで、」
「ふぅん」
「そしてお前、落ちこぼれをどうする気だね一体」
「読経でもしていてくだ」
「坊主は死んでからの用事だっつーに!殺したらあかんの!」
「大事ないよそんなん。ヤクザは|気質《かたぎ》を殺したらあかんねん」
「あー、なんで君って伝わらないんだろ…」
多分絶妙には多分処理は出来ているんだけどと「はぁ〜…」と溜め息も出るが、なんだかんだで朱鷺貴はこの暴れ馬に乗ってやろうと考えた。
事実それが早いというのは、小回りの利く翡翠の策だろう。
「まぁ確かに、流行りに乗るのは理解に早道だとは思うよ、それは褒めるけどね」
「ええあら、よくお分かりで」
「最近漸く掴めてきたわ。
松代で言ったがお前は勉強が下手な方だろうが、察しはいいんだよな、ホンマに。
うん、自分を信用してやっていくのはひじょーにいいことだよ」
「え、なして褒めるん、読経のように。なんや気色悪いなぁ」
「たまには褒めてやらんとね、で捲し立てるけど武士と言うものは義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義という7つが心得であり、正義、正義を貫くに勇と情け、礼は仁無くしてならず、誠は誓いであり名誉は恥を知りてこそ忠義に従順であるがしかし忠義とは武士道にしかない教えなのだよ従者よ、わかるかね?」
「うへぇ、急にお経〜」
「俺こう見えても高説垂れる坊主だし元武家なんだからな、まぁクソ弱いけど!」
翡翠はだが、「武家かぁ」と、何やら嬉しそうではある。
「ご立派ではあるとわかりました」
ひとつ学んだらしい。
取り敢えずぶらぶら歩きながら、
「えっとなんやっけ忠義と…」
「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義」
という会話を3回は繰り返した。
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