7
「知ってたんだ」
やはりそうか。
しかし翡翠は「なんのことやら」と答える。
「さて、どうするお二人さん。刀あるし、宿屋よりも安いと思うけど」
「なるほどな、経営難なのか。ご苦労様。生憎俺は坊」
「こん人柳生新陰流らしいんやけど、こう見えて」
「なっ!」
ここぞとばかりにどうやら従者は反撃に出たらしい。だが沖田は「ははははは、」と笑い飛ばす。
「面白いですね、ところで薬屋さんはなんなの?まぁ俺流派なんて正直よく知らないけどね。
お坊さん、聞いてみたいんだけど地獄って、何をしたら落ちるものなんですか?」
「…はぁ、」
「説法ついでに教えてくださいよ」
「…ものによるけど大体のことは地獄に堕ちる。堕ちないことの方が少ない」
「へぇ〜。じゃぁ何が悪いかわからないもんですね。俺はあんたを打ちのめしてみようかなと思ったんだけど」
と言いつつ沖田が見るのは翡翠だった。
「多分、強そうだし、なんか」
「…わてなど流派どころか剣術など覚えにありませんけれど、どうやら貴方は余程腕前に自信があるようですねぇ、」
「まぁね。なんせ道場一なんで。7人しかいないけど」
「それはそれは余程な財産難やね。わてらもまぁまぁ銭はない。一宿一飯の恩義に足りるのか」
「待って君たち話が勝手に」
「そう言えば、薬も切れているのですよ。男所帯なので何かと怪我をするもんで」
「いや、あのちょっと待て若いなぁ血気盛んだなぁ、一回冷静になってくれないか君たち。俺はただの坊主なんですけど」
「あぁ大変や暑苦しい、」
これでもかと露骨に翡翠が不快感を表せば沖田は「ん?」と純粋な態度を見せる。
どうやらここは翡翠が根負けかと、「全く…」と朱鷺貴が一息吐けば、さらに翡翠の表情は困惑も垣間見える。
いつの間にやら源さんはいなくなっている。放っておいて道場に帰ったようだった。
恐らく二人の、若者特有な闘志のようなものはまだモヤモヤと残っている。
沖田は少年のような目付きから少々挑戦的なものに変わっているし、翡翠も翡翠でそれに見返しているのだ。
まわりに人もそれほど行き交わないのだから、まあ路地裏のごろつきの喧嘩に変わりがない。
冷静にそう見えてくれば朱鷺貴は「どうするんだお二人さん」と、取るかどうかもわからぬ手を差し向ける物言いに留める。握るも叩くも去るも委ねることにするのだ。
だが、一歩も二歩も三歩も引いた間合いで「どうした総司」と、煎餅のような平たい顔をした難いの良い男が、道場の門からこちらを覗いてそう声を掛けてきた。
どうやらその男は沖田の保護者なのだろうと朱鷺貴は理解する。
しかし保護者はどこか睨むほどの目付きで斜に構えるが如し、腕を組んで偉そうだが、子供を連れて帰る親のようにこちらへ挨拶に出向いた。
「|近藤《こんどう》さん、」
「帰りも遅いし、源さんに「また沖田くんが」と言われてみれば全くどうした」
朱鷺貴と翡翠を見た近藤さんは「あぁ、内弟子が失敬いたした」と口上を述べるが、やはりどこか、困惑はあるような悪い間合い。
「申し訳ない、子供のような奴でして。昔から少々軟派な質ですぐ人をからかう」
「…はぁ、」
「いや旅人さんが困っていたんですよ」
「そんなこと言ったって坊さんと…」
ふと翡翠を眺める近藤さんは露骨に口を開けるような唖然を見せる。
「従者です」と朱鷺貴は即座に補足した。
「あ、あぁ、失敬…いやぁ、この辺で見たことがないような御仁で…えっと、」
「従者です」
「ははぁ…」
「薬屋にございます」
口を開いた翡翠に「あぁ…」と短めに唸った近藤さんは更によく眺め、それから朱鷺貴を眺めて「いやはや…」と、やはり微妙な間合い。
沖田が「近藤さんこそ軟派じゃん」と詰めたのに話を理解した。
どうにも田舎臭い距離感だ。
「あの、」
「あぁ、申し訳ない。いやはや失敬ながら坊さんとは、こう…もう少し年嵩があるという印象だったもんで。いやぁ若い。武者修行と言った手合いか」
「武者ではなくて巡業修行ですね」
…正直言って煎餅に若干笑いを堪えていた朱鷺貴だが、耐えられず翡翠が
「とてもかわいいお人ですねぇ」
というのだから少しばかり笑いが漏れそうになって口を抑えるしかなくなってしまう。当の近藤さんは「はぁ、そうですか」と笑うのだから尚、珍妙。
「何してんだ?」
予想もしなかった間に、低めの声が道場の方から掛かり、皆一様にそちらへ向いた。
田舎臭さとは少し離れた、顔もしゅっとした男前が薬箱を背負って表情を珍妙としていた。
「あら…」となったのは今度は翡翠で、しかし彼は近藤さんを見て「どうしたんだい、そりゃ」と言う。
「あぁトシぃ、」
「坊さんと薬屋になんざ絡んで暇してんのか」
「いや…」
「そりゃぁ|土方《ひじかた》兄さんが言えたもんじゃないでしょうよ」
「坊主なんて大先生が逝っちまってからでも遅く…ん?」
やはり間合いを読んでは「なんだいそれ、」と、一番不躾だが一番のまともを口にするのだった。
「…旅人ですけど」と朱鷺貴が言ったのを聞いているか、多分聞いていないだろう、「いや|総司《そうじ》のいつもの軟派が」だの「その薬効かないし良いのでは?」だの「何してんのか皆目わからねぇよ俺ぁ」だの。
物凄く厄介と言うか面倒。とんだものに絡まれてしまった。
目的なのか、そうじゃないのか…。
二人とも同じ気持ちであり、「ははは…」と苦笑いをする翡翠に朱鷺貴は溜め息を吐こうにも「はは…」としか出てこない状況だった。
- 98 -
*前次#
ページ: