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に、
「逃げ出してきたぁ!?」
「うーん、やっぱ、そうなります?」
インスタントをいれて気まずそうに曖昧な笑みで戻ってきたサナトはどうやら何も言えないでいるよう。不自然に手が少し震え、コーヒーを置いた。
その震えた両手で「熱い、」と言いながらまたカップを持ち、少し寂しそうに「追い出しますか…?」と言う姿に、少しだけ息を呑む。むちゃくちゃだがこいつ、まぁ綺麗な顔なのだ。
「いや…」
咄嗟に言ったがどうなんだ。
それ、失踪届けとか出てたら俺、犯罪じゃないの?
まぁ、何かあったらそれでもう少し有名になっちゃうのもアリなんだけど。
「まぁ、どちらでも構わないんですが」
「いや…。それ聞いてほっぽり出すのも気が引けるんじゃね?」
「そうですか?」
うーん。
ふと見える開きっぱなしのあの履歴書。
公園で儚げに映る女装の神外佐奈に、確かにこいつかもな、という気がした。
この写真は確かに、空虚だが、まだ自我がある。
そこでふと、思った。
「これ、めっちゃ女装してるよな」
「僕なら、そうですねぇ」
「なんとなく君がゲイビデオ転身したのもわかったんだよ」
「あぁ、そうなんですか」
「弱小会社にまぁありがちというか…。君のホムペにヌードあったし」
「うわぁ、マジか」
「いや、出てはいなかったんだよ、うん」
「何がですか」
「何って…」
股関だよ。
なんて言えるか。
なんか察したらしく、「あぁ、まぁ言わなくていいです」とサナトは言う。
「…そのヌードを最後に君のホムペらしきやつの更新は止まっていたから、多分、この履歴書の会社を君が使ったのもまぁ、わからなくもないというか…」
会社側が潰れてしまうため、職に困るということで様々なそういう会社に応募した。しかしどうにも、ホムペは5年前、履歴書は1年前。
だとすれば彼はもう、この履歴書を送ってきたときにはゲイビデオに転身していたのかもしれない。
だとしたら、ゲイビデオの会社を記載するのに抵抗があったのか、ゲイビデオの会社側が、モデル会社が潰れたことを知らずにこれを掲載して俺に送りつけたのか。
まぁ、その後の事を考えると、本人も転職は希望していたのかもしれない。
どうやらゲイビデオでもタグは「ノンケ」だし、掲示板でも「ノンケが好きなやつが見る男優」らしいし、意外と売れなかったのかもしれないな。
まぁ、多分あれを見ると同情が勝るかもしれないし。それほどになんか、見ていて気分は良くない。本人の仕事に対する不本意さは見て取れるのだ。
「嫌だったのかもな」
「どうなんでしょうね」
「金でもなかったのかな」
「かもしれませんね。元いた場所もどうやら社員寮みたいですし」
「あ、そうなの?」
「じゃなきゃあっさり引き払いなんて出来ませんよ。どうやら荷物は少なかったらしいです。あまり返されなかった」
「でも、あったんだ」
「みたいですね」
そこからも身元、わかったんじゃないのか?
いや、そっか。職種的には例え身寄りがなくとも出来なくはないのか。
「…そんで、外傷がどうたらこうたらってのは」
「ああ。
腹の傷と…あとはまぁ、見つかったのが野外だったらしいので。頭撮りましたよCTで。少し鬱血があったらしいです。
殺人でも少し警察は動いたけど、何せナイフを握ってたのは僕本人だったようだし。
どうやら僕は少し前から精神科に通っていたらしいので、意識撹乱として処理されました」
「前から?」
「別の病院だったらしいですが、死ぬ前まぁ、病んでたみたいですよ」
サナトは言いにくそうな不機嫌な顔をする。確かに俺は突っ込んで聞きすぎかもしれない。ゲイビデオでもたまにあった挑戦的な目をしていた。
「…そろそろどうですか先生」
「うーん。まぁ、もうちょい考えるが。
君はまぁ、これを描き上げたら普通にアシスタントをしてくれ」
「え?」
「まぁ、君が言ったように隣を借りてもいいし。ここにいてもいい。俺は籠るとき二階でしか生活しないから」
「ん、はぁ…」
「幽霊と一緒にまぁ暮らすのもありかなと」
「えっ、」
サナトは俺の申し出に、何故か困惑し疑り深い目で見て言う、「ゲイなんですか」と。
「違いますけど?」
「ですよねぇ…何故?」
「ん?」
「いや、普通嫌なんじゃないかなって。僕、自分の性癖すら思い出せませんがゲイビデオの人疑惑じゃないですか」
「あーね」
「あーねぇ?」
甚だ疑問そうだ。
いや、俺だってようわからん衝動だがまぁ言おう。
「いや、ゲイじゃねぇし、そーゆーんじゃなくて」
「よりわかんないんですけど」
「だと思う。俺もわからんから」
「は?」
「まぁ、俺ってフェミニストだし優しいから、多分ほっとけないんじゃないかな」
サナトは黙り込んだ。
え、これわりと渾身のギャグなんだけど。まぁ、半分くらい本音だけど…。
「なんだろ…。
あんたが言うとそうなんだろうって納得するくらい変態」
え?
「ナニソレ」
「いやぁ、まぁ…いいです。はい、やります。ありがとうございます」
なんか呆れられたけど。
え?
「なんで呆れたの」
「バレました?
いやぁ、僕自信ない系男子?だけど、あんたの自信はなんか元気出ますね」
「だろ?」
「はい、うん、はい」
面倒そうに俺に返事をしたわりに、横目で見ては「ぷはっ、」とサナトは笑いやがった。
変なの〜。けどなんか斬新〜。
思いは汲み取ったかいないか、取り敢えず右肘ついて寝転がってなかなか挑戦的なような、
笑いを堪えたような表情。
なるほど、そんな表情もあるのね人間。
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