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ドアがガタン、と、思ったよりうるさく鳴ってしまった。
僕はすぐに側の風呂場へ向かうのだけど、頬をカリカリと掻いている自分に気が付いた。左の頬が蚊に刺されたようだ。
と気が付けば足も痒い。
あぁ、ここも刺されてしまったか。
服を脱ごうとすれば「佐奈斗」と五十嵐が声を掛けてきた。
「お帰り」
「あぁ、ただいまです」
声が上擦った。
五十嵐の足音が去るのが聞こえる。僕はシャワーを捻って服を脱いで洗濯機に入れた。
暖まったらより蚊に刺された痕が痒くなる。足に二ヶ所と、やっぱり頬。あまり触らない方が良いというけれど、ついつい無駄に×と傷付けてしまう。
あ、寝間着。
洗濯機の棚の上の段ボール、まだあるだろうかと見てみれば、ある。僕が知っている段ボールは未開封だったが、それは開封されていた。
開封されているということは売れたんだな、幽霊Tシャツのグレー。
重いだろうか、果たして僕にこれは取れるだろうかと両手を伸ばしたら思った以上に軽かった。予想より売れているようだ、この軽さなら落ちてきても痛くない。
段ボールを降ろして中から1枚、幽霊TシャツのLサイズを取り出し包装を開ける、丈が長いな。マグカップの裏に描かれたあの幽霊の表情違い。
あ、これはどうやらカップと同じ無表情、のハズレだ。
大体この落書きをTシャツにして売ってしまおうという発想が凄い、バンドマンじゃないんだから。しかもランダムハズレありだなんて。
着てみたはいいが下がないな。仕方ないし下着のみでリビングに戻ると五十嵐がパソコンを開いていた。
「おかえ…あれ?」
振り向いた五十嵐は「なんなのその格好」と口にする。ズボンを履こうとベットに乗って下の引き出しを漁る。
僕がズボンを履くまで始終五十嵐は僕から視線を離さなかったようで、満足すれば目があった。
「…お前それ売り物!」
「服、洗濯機に入れちゃったんで」
「しかもレアなハズレ!」
最早、ショボい当たりなのではないかと思う。
「けどお前が着てるのなんか斬新というか当然というか…どうそれ。何サイズ?LL?丈が余ってるけど」
「別に。Lです」
「あっそう…。そこそこ売れるサイズじゃん…。君小柄だからなぁ…。
ところで君はどこに行ってたんだい」
痒いなぁ足と頬。
「川です」
「川?」
「散歩です」
「あぁそう…」
五十嵐はふぅ、と一息吐くと何も言わないがやけに僕を眺めている。
怒られる雰囲気でもないのだけどなんだか異様だ。何かは言いたいのかもしれないと思えば「お前なんかすっきりした顔してるねぇ…」と、粘っこい。
「なんだろ、なんか色っぽい。丈はクソダサいのに、なんでだろ…気のせいかな、生命みたいな物が」
「抜いたからですかね」
吹き出した。というか詰まったと言うのだろうか。却って恥ずかしい。
「変、な、とこ入っ、た…」と苦しそうに咳をするので「コーヒー入れますか?」と聞いたのだけど、それは手を振り、いらない、とされる。
意味がわからないな。痒い。そろそろ痛い。そして凄く気まずいので目は反らした。
「あはぁ、なるほど理解した…」
「僕としては迷宮入りなんですけど」
「なんというか斬新だわ…」
それから五十嵐は一人納得したらしく「いいなぁ…」と呟くのが変態臭い、「脱いで」。
…脱いで?
「えっ」
「寒いから毛布被っていい」
「脱ぐ意味あるんですか」
「ある。裸毛布で寝転びたまえよ被写体君」
「うわ凄く不衛生」
「毛布気持ちいよ?後で洗ってやるから早くして」
「ホントに変態臭い」
「君に拒否権などないはずだ、少なくともTシャツの1500円分は働きなさい」
それを言われてしまうと拒みようがない、どうして売り物に手をつけてしまったんだろう。
信じられない状態で放心しそうだったが、五十嵐があまりに変態臭く真剣で微妙ににやけているのでまぁ何か浮かんだのか…と、羞恥心は沸いてきたのだが、そもそも何に羞恥を抱くのか最早わからないなと開き直ってシャツとズボンを脱ぎ敷布団の上に落とした。
脱け殻のように見えた。
始終眺めながら五十嵐が「下着も」と案の定言ってきたので若干困惑した。
「…あの、」
「毛布被っていいから」
それは却って恥ずかしい気もしてきた。
どうしようとモタモタしてたら「羞恥心はあるんだな」と言われて若干ムカついてしまった。
「…ありますけど、」
「今更だと思わないか?俺は朝から気が狂いそうなくらい」
「わかりました、」
自棄だ。
僕は怒りや羞恥や色々なものを脱ぎ捨て叩きつけるように下着を下に捨てるのだけど、案外五十嵐は真剣な表情で丁寧に毛布を掛けてくれようとする。
それだけは「いいです勘弁してください」と断り自分で毛布に潜り込んだ。
「…じゃあ顔こっち向けて。あ、身体はそのまま、肘ついて。
あーよしよしその体制、ポージングするから動かないで凄く良…足はいま何してんの?」
「え?」
言われてみたら無意識に左足の爪で右足首を掻いている。
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