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 僕に質問を投げ掛けたくせに興味があるのかないのかわからない表情でまず、僕の肩から腰あたりまで毛布を剥き「その頬はどうした」とまた聞いてくる。

「痒いです。蚊に刺されました」
「あぁ、そうかそろそろ水辺には蚊がいるよな」
「足もです」
「ふふん、あぁそう」

 なんだかこちらがむず痒くなるような笑みを浮かべた五十嵐は、次に足首あたりの毛布を剥ぐ。
 なんなんだ、今僕はほぼギリシャ彫刻並みの露出じゃないかと、やはり一部分だけの毛布は却って恥ずかしかった。

 五十嵐はそれからテーブルを若干後ろに押しその場に座りスケッチブックを持つ。
 
 不意に、横腹あたりにあった刺し傷が目に入り、こっそり、じわじわ隠そうと試みたけれど「隠しちゃダメ」と、わりと真剣な顔で言われてしまった。

「嫌です」
「拒否権なし」
「だって、」
「それより頬は痒くないのか」

 そう言われたらまた意識がそっちへ行くから「痒いですけど」と答えるしかないが、

「頬は掻いていいよ。足は足で掻いて」
「んー…」
「いまどんな気持ち?」
「え?」

 またにやけた五十嵐はふと、パソコンを弄り始めて「音は消すかうるさいし」と言う。

「なんなんですか…」
「君は俺の質問に答えてくれ」
「は?」

 予想通り、信じられない性格だこいつ。
 僕のAVをあっさり流し始めては「視線はそっちに」と指示をしてスケッチブックをまた持った。

 なんなんだ、これ。

「五十嵐さん、」
「あぁうん」
「勘弁して頂けませんか」
「でも抜けたんだろ」
「なっ、」
「君は今日どこに行っていた」

 なんだ、僕もしかして五十嵐を怒らせてしまったのか、画面が辛い。だが目を反らせば「視線を変えない」と窘められる。

「今日はどこに行ったんだ」
「川ですけど」
「すぐそこ?」
「はい、あの、」
「何を見てきた」
「え、」

 考えればまた「視線」と指示を受ける。どうやら朝のAVで、多分画面の向こうの僕はまだ、撮影者の質問に答えているのだけど、いたたまれない。

「何を見てきた」
「え、えっと…犬と…」

 困惑してきそう。あぁ何されてるんだろう。五十嵐は質問しながらスケッチブックと僕を交互に見ている。合う目が酷く真剣だ。
 多分ここに来て初めて見る、あぁ、なんだろうこの背筋が冷えそうな、「犬と?」含みしかないその目は。

「あ、と…川が、あって」

 今度は黙って描いている。
 その手元は恐らくいまの僕を描いているんだと思うと五十嵐から視線も反らしたいがあとはAVしかない。
 画面の僕は服は着ている。が、大分ねっとり小麦色にねぶられ始めていて、

「川はどんな」
「近所の、やつですけど」
「心は静まったか」
「え、っと、いや、汚い川で」
「何を思った」
「えっと、」

 酷く、羞恥心が煽られる。
 恥ずかしすぎて死にたくなってくる。勘弁して欲しい、どこもかしこも、最早全身むず痒く感じてくる。

「今は何を考えてる?」
「はっ?」

 今は何を考えてるって、そんなの、なんだか羞恥心があって、いや、越えてきてどうしていいかわからなくなってきているのに、こいつは何を考えているんだ、もう、脳みそが酸欠になりそう、思考停止しそう。

 そんなときに「視線、」と言われるのだから「五十嵐さん、」と言うしかない。

「あの、ものしゅ…しゅご、…凄く嫌、です」
「ふぅん」
「あの、」
「うん」

 返事なんて上の空だった。

 泣きたい、非常に泣きたい、羞恥で震えそうで背筋もぞくぞくしてくる。恥ずかしすぎてまた勃起してきた。何故だ、これは混乱の誤作動だろうか、だって非常に気分は悪いのに。

 鉛筆の音がかりかり、時に悩むようだったり、すらすらとしていたり。
 僕はいまどれだけ五十嵐に何を見られているんだろうかと考えていると「視線」と言われるのだけど。

 だが少しもう、ぼんやりとしてきたときに「緊張してるか」と聞かれた。
 もうAVなんて終わっている。

「いえ、」
「だよなぁ、自然な表情だ…と、あれ。AV終わっちゃった?」

 答えないでいると手を止め確認して「あ、終わってる」とバレてしまったようだ。
 リプレイで流してまた作業に戻った。

 五十嵐は僕に何を求めているのだろう。僕の何を見て何を思っていまスケッチに何を描いているのだろう。

 怒りと羞恥に、恐怖に似たものが追加された。
 そういうときに「足痒いか」とか言われてしまうともう何プレイなんだと思わざるを得ない。

「最低、」

 言わずにはいられない。
 だが五十嵐はそれにだけはにやっと、楽しそうに笑ってスケッチから顔をあげたが、にやけたままにまたスケッチを再開する。

 この、紙を引っ掻くのか上乗りさせるのかわからない静かな音が、それでも心が落ち着くような騒ぐような感覚も、喉から込み上げる。

 僕はこの人に何か、得体の知れない視線で覗かれているのかもしれないし、案外虚像かもしれないし、ただ、取り敢えず股間は隠れていてよかったと陳腐なものに行き着いていく。

 早く終わりにしたい。足も痒いし頬も痒い。
 でも思考停止も混ざるのだから眠くなってきた。何度も欠伸を噛み殺しては疲れてくる。

 欠伸を3度も噛み殺した時、「眠いか」とバレている。

「寝てもいいぞ、大方出来てきたし」

 そう言う視線は笑っていないくせに、妙に優しく見えた気もする。でもこの体勢は寝れないじゃないか、ぼんやりと思う。
 AVは静かに、しかし動物のような躍動感で僕を弄んでいた。

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