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「出来たぞ」

 いつの間にか僕は寝ていたらしい。
 体勢は横向きではあって、そこには五十嵐が、僕の寝巻きになった幽霊Tシャツとズボンを持って見ている。

 パソコンは閉じられているようだ。

 覚めれば股間に違和感があって、しかしずっとそうだったわけではなさそう、ただ吊るように痛い。
 ぼーっとしてしまうが、毛布の中で無意識に股間を押さえることだけはバレたくなかったので、服は片手で受け取ってもぞもぞと、毛布の中で下着は着けた。

「蛹みたいだな、それ」

 脱け殻を再び着ているのだけど。

 スケッチは五十嵐の側に置かれていて、「寒かったか、コーヒー入れるぞ」と五十嵐は立ち上がる。

「…五十嵐さん、」

 丁度良い、寝起きで声は掠れている。

「見てもいいですか」

 彼がどんな物を描いたのか。

 五十嵐は「あぁうんいいよ是非とも」と、是非とものわりには素っ気なく言うのだから変な感じがする。そういう無駄な、なんだかよくわからない格好をつけるのだか意地を張るのだかが五十嵐にはある。

 布団から出ずに手を伸ばしてスケッチを開く僕と平然とコーヒーを二つ持ってくる五十嵐。まだ服着てないの?という問いには面倒なんでと素っ気なくする。

 パラパラと開くと、この前スケッチされた寝転ぶ僕もいる。
 表情が決まらないと言っていたわりには無表情が描かれている。素直に「僕ってこんな仏頂面なんですね」と口を吐いた。

「あぁ、前回の?」
「えぇ。多分睫毛長いんだなぁ、二重なんだ僕って」
「あぁそうだね、お前睫毛長いし二重だわ。ホントに女子顔してる」
「あぁ、けど眉毛で男だってなんとなくわかるものなんですね」
「その差異には俺も描いてみて気付いたわ。
 あとはまぁ、デッサンの基本というかなんと言うか、顔の骨格だな。|腮《えら》あたりとか。まぁ喉仏もそうだし」
「あー、なるほど」
「今回はもう少し捉えたと思うぞ、次のページだけど」

 自信のある言い方で、見て欲しいのだとわかる。
 僕は次のページを捲ってみた。

 あぁ…、こっちを見てる。

 一瞬にして衝撃のようなものが走り閉じてしまった。
 まず一度スケッチを置いて毛布にくるまったまま下に降りコーヒーを飲んだ。途端に口が乾いたような気がしたのだ。

「え、そんな一瞬?」
「いや…」

 いや、恐ろしさがあるのは確かだ。
 息をいまから整えておいて、ふぅ、としたところでまたスケッチを捲って捲って、辿り着く。

 違和感しかなくてどうしようか、遥かに、AVよりも“僕だ”という感覚に捕らわれた。

 あぁ、この表情は僕のあの羞恥も怒りも混乱も悲しみ、恐怖に似たものすら全てが映されていて、僕を見ている、見透かしている。
 どうしてか、眉の寄り方なのだろうか、口元なのだろうか、表情筋の微妙な上がりなのだろうか喉仏の下がりなのだろうか。

 あぁ、怖い。

 五十嵐は僕の全てを知っている、少なくともこの絵は。あの刺し傷あたりに小さな黒子があったことすら僕は知らないというのに、僕がどんな存在なのか、なのに所作は頬を掻いていたりだとか、そう、全く僕には意味のないことで、幽霊はここにいたのだと怖いような、知りたいような気になった。

「…綺麗な、もんですね…」
「だろ。まぁ自分で言うのって」
「この絵です」

 貴方は何を頭の中で描いてこれを表現したのですか。

 暫く無言で眺めてしまった。恥じらいはあるのにではここに描かれた青年というのは確かに、この毛布の中の足は何をしているのかとこの表情から考えるであろうし、この刺し傷だって、この肋が浮く貧相さには何事もないのかと気になる。
 それがこちらを見ているのだからミステリアスなのだけど、「五十嵐さん、」と呼ぶしかない。

 これは出さないで欲しい、だって本当はこいつは自分が出演しているAVを見ている、これが真実なのだけど、言えなくて。

「あぁ、暫く…そうだな、いま昼か。色付けにちょっと籠るわ。だけどまぁ七時くらいにはノックして。なんか美味いもん食いに行こ」
「…五十嵐さん、」

 嬉しいのか怖いのかなんなのかはわからないが、

「…やっぱりこれは恥ずかしいです」

 暴かれている。

 出会った瞬間、芋虫のように女を抱いていた五十嵐を思い出した。

 最低だ。
 最低なほど、そう最低なんだ、このゴキブリは。

「…まぁそうだろうよ」
「僕は部屋には行きませんからテキトーに起こしてください。呼びになんて、いけないでしょ、」

 五十嵐はそれで黙ってしまった。
 我ながら女々しいと思うけどそれからスケッチを渡してふて寝のようにベットで背を向けて。

「いい反応だな、ありがとう。出来たら売り込み回るから」

 掴めたと言いたいのを隠しもしない五十嵐に「いつか絶対刺してやる」と捨て、布団の中に顔まで被って暑い、暑いのに寒い。
 怖い。

 五十嵐の足音は去って行く。

 けれど、どこか心に穴が開くほどスッキリしているこの気持ちはきっと、いつまでも自分では理解しないのだろうと思えた。

 自意識過剰なんかではない。

 憎む?いや本当は違う。そう、小指をどうしたかすらわからないがいま僕は歯を食い縛ってる、あぁ、もしかして舌を噛んだんじゃないか、そうどこか遠くで思う自分がいた。

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