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駒込は暫し恍惚のように黙ってから「…この足元は何してるの?」とポツポツ質問を漏らす。
「蚊に刺されて足掻いてんの」
「うわぁこんなに惹き込んでおいてオチはそれっていうギャップが……うわぁ深い、深いよ五十嵐。そんなのお前は公表しないだろうとか思うと」
「変態」
「そそるーっ!先に言うな変態っ!
けど……なんだろうね確かに官能さはあるんだろうけど、全然というか……背景が白だからかな、純が強くて…そう、見る人によっては背徳感も引っ張り出されそうな……」
「なるほど、なるほど」
「これいいわ……」
え。
てか待って。
初っ端そんな褒めるとかなんだ、調子狂うな。
いや、確かにそりゃぁ最高傑作更新型な俺だからね、もう自信が過剰でゲロ出そうなくらいだったよ。でもね、え、なんで褒めるのこいつって、何?俺そんなに貶されてきて…もいないのに何?今酷く隣の整髪剤野郎が気色悪い。
「…え、待ってそんなに?」
「何?そのつもりでしょ」
「いやそうその疑問俺も今ぶち当たって」
「この瞬間を切り取ったお前の感性に感動したっ!」
“この瞬間を切り取った”?
……途端に脱力し一気に倦怠感が身体にのし掛かった。
「…うん、そう」
「…あれ?」
「いや、ありがとう。お前はやっぱ俺の理解者だよ」
幻滅に近かった。
しかしなぜがっかりするんだろう。
俺が意図した欲求やら、その実態やら、追求は完璧に読まれ、意図通りでしかないはずなのに。
確かにお世辞もないだろう、今までで一番駒込は嬉しそうなのに。
「…ここに生きていた瞬間が貼り付いてるような感じがする」
切り取った、その正体か。
「…良い、これは確かに間違いなく画集もトップ…いや、最後が良いのかな、どうなんだろう他も見せ」
「ない」
「……は?」
「他、まだ未完。それも含めあと3枚は今日来るまでに浮かんでたような気がするけど」
「は?二枚で来たの!?」
「そう。あと下絵あるしはいはい、これ」
突然の投げやりさを隠さない俺に「なんで!?」と駒込は困惑している。
そりゃそうか、二枚ってのも随分だし、そんなに感動してくれたのに投げやりになったのもそうだろう。
この絵は生きていない、幽霊だということか。
いや、それは目論みも目論みだが、違う。これは息をしている、その息感という“矛盾”が欲しかった。
これはしかし言葉の綾や言い間違いでもなく“生きていた”で自分も納得してしまったからこうも落胆したのかもしれない。
「………五十嵐?」
「あとは描いたらにするわ。多分すぐ…」
この落胆や脱力具合。今日は描かない。
「ま、だから帰るわ」
「は!?」
悪いな、駒込。お前は本当に深くわかってくれた。それだけは間違いないんだが。
どうやら俺は俺の問題で身勝手にも去ってしまうらしい。
…この絵を破きたくすらなってきたが、車で青白い顔をしたサナトを見て、そういや出来てすぐまず一瞬で閉じた、そしてそうだ、「この絵が」綺麗だと言った。
一瞬で閉じたそれ、「やっぱり嫌です」と言ったそれに、それだけ暴いたのだと思ったはずなのに。
駒込は浅かったのだとしても、俺がそれで納得し落胆してしまったならもう、これはそうなんだ。
ドアを開けた俺にサナトは「凄く早いですね」と、関係もなく言った。
「うんまぁね」と言った声色のせいかサナトは少し心配するように「五十嵐さん?」と声を掛けてくれる。
お前、幽霊じゃないんだけどな。
まだ、まだダメだ、満足しない、どうやら俺は。調子こくなバカ野郎。
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