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 俺が風呂に入っている間、物音がした。多分洗濯だろうとそのままテキトーに、一日分の身体の汚れを落とした。
 この瞬間酷く自分が嫌になる。

 正直疲れたな。
 ただこの疲れは、実は大分前からのような気がしてならない。
 サナトを見て気付く。俺いま多分大分擦れているんだ。

 女と寝ることは確かに快楽だが、こうも続けば少しなりとも嫌になってくる。描きたい絵でないものをそれ相当に描いてテキトーに売って。いい加減うんざりしてきて今や描けない。物が描けない。思うように、いかない。

 しかし何故かあいつを直感で描こうと思った。男なら尚のこと。中性的だが間違いなく情欲では描けない。なによりあの未知数に、俺は少し対峙してみたいと思った。

 誰かを描けばまた報われる。幻影に見た遠くに、俺はシャワーを止めた。

 実態がない物は追いたくなる。いつか辿り着くだろうと信じていたいから。多分、これを捨てたら俺は絵描きを止めるのだ。

 風呂から出たタイミングで丁度洗濯が終わった。30分。そんなに俺はシャワーを浴びていたのか。
 洗濯機から乾燥機にシーツとカバーを突っ込み寝巻きに着替えてリビングに行けば静かだった。

 テレビすら着いていないしベランダは掃除で開けっぱなしにしていたようで、寒い。

 姿が見えないがどうしただろうと覗けば、サナトは何もないベッドに寄りかかり寝ていた。

 ぐったりしているようにも見える。だが綺麗だと、黙ってそのままスケッチブックを取りだし、しゃりしゃりと鉛筆を走らせた。

 描いていて、どうにも不思議と心休まることに気が付いた。いま健やかに寝ているこいつを思い描けば少し、端を掴むような感覚すら覚える。

 こんなに穏やかだが、死んだ系病棟にいた。それってなんだ。
 というか死体に見えてきた。動かないし、こいつは生きているんだろうか。

 乾燥機の音が鳴り、ふと意識が途切れる。
 同時にサナトが起き、スケッチを持った俺を怪訝そうに見つめた。

「…このままの方がいいんですか、洗濯終わりましたけど」
「うん、まぁ…」
「なんか、」

 ふとサナトがそれに笑う。何故かはわからない。
 口元に添えられた長い指が綺麗だ。

「すみません、いや、変態かなぁって…」
「…いや、」
「まぁ、そりゃそうですよね。
 僕よりあの女の子の方が断然いいでしょう。寝顔とか見る前に抱いてしまったんですか?」
「いや、まぁ、うん」

 しかし、

「それもあるけど、まぁお前はちょっと違う」
「そりゃそうですよね。ただ、それも充分に変だと思います」

 ちらっと俺を見てはまた笑う。何故かはわからない。
 なんだろな、全然情欲ではなく、なんだかふわふわするなぁ、こいつ。

「…お前ってモテた?」
「わからないですけど、多分そうでもないです」
「はぁ、」
「あんたはモテるみたいですね。まぁ、いかにも女の子が寄ってきそうですよね」
「うん、まぁ」
「それ自分で言います?まぁ、いいんですけど」

 俺の手が完全に止まったのを見てサナトは「じゃぁ取ってきます。皺になるし」
 と言って立ち上がった。

 あまりに自然な動作で少々ビックリだ。なんだろ、自我がないせいなのか非常に順応能力が高い。最早ここを自分の家のようにしてしまっている。

 そこに若干の捨て身感を見出だすのは果たして俺だけだろうか。気になる。試しにこの描きかけを完成させてブログのバイオグラフィに載せてレビュー反応を見てみようか。

 背景もなく、ただただ寝顔を書いたそれ。どこか浮世離れした己の絵に、自分のものじゃない気がした。

 俺こいつとなら寝れるかもしれんなと考えたが、いや、多分それは無理だろうと思いつつ、どうだろうなと考える。

 シーツを持ってきたサナトはそれから、手慣れたようにぴっしりと、まるで俺の布団でない、一流ホテルみたいに仕上げた。なんとなく清潔感。凄い。俺毎日これがいい。

「お前手慣れてんな、見違えた」
「えっ、はぁ」

 そう俺が言えばサナトは何故か、考え込むようにまた指を、噛みそうに口元に持っていった。
 癖かなこれ。

「…なんで、慣れてるんだろ」
「ん?」
「いや、
 病院って看護婦さんがやってくれるから、なんでこんな自然に出来たんだろうって。…ホテルマンかなんかだったのかな、僕」

 マジで記憶喪失なのか。

「…モデルやってたんじゃないの?」
「モデル?」

 疑問そうだ。キョトンとしてサナトは俺を見る。

「うーん…なんか痞るなぁ」
「ねぇ、なんで忘れたの、普通あり得ないよな、頭でも打ったの?」

 だってお前、ぶっちゃけ変だもん。

「あ、なんか、」

 そう言うとサナトは、横っ腹、腰骨辺りに左手を滑らせ、考えた顔。

「腹に刺し傷があるんですよ。盲腸かな?と思って医者に聞いたんですが、なんか苦い顔で」
「教えてくれなかったの?」
「ええ…。『昔のことは忘れなさい』って、言われてたんで。僕も何故だか、触れないようにしている気がしてるんです、意識が」
「えっ、なんだろトラウマなのかな」
「確かになんだか恐怖はある」
「まぁ、腹にんな傷あったらなぁ…」

 ちょっと見てみたい。
 読めたらしい、サナトはその手を下げ、「いま、見たいと思ったでしょ」と睨まれヒヤリとした。

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