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 そんなタイミングで串がやって来たので思わず俺は「ビールを!」と、店員の大学生くらいの兄ちゃんに助けを呼ぶように頼むも、店員は怪訝な顔をして

「はい…あの、くっつけますか?」

といらん気遣いをしてくる。
 「いえ、いいです」と言おうとするもオカマが、「ははぁ〜ん!ありがとうぅ〜」と気持ち悪ぃ。ちょっと吹き出しそうになった。

 隣のテーブルのカップルも凄く顰蹙ひんしゅくそうに眺めてきた。最早頭を下げるしか出来ない。
 嫌だったらしく、店員が言うより早く「あ、どうぞ移りますんで」と隣のカップル、20代くらいの女が言った。

 あっさりテーブル移動を終え、しかしゲイカップルだろう二人はあろうことか俺を置き去りにし、「あの、実は俺たちも…」と伏し目がち。

「いや違うわ流石に!」

 言うも、あろうことか俺が無視され、サナトが困ったように俺を見る。

 やめて、本当に嫌だ。

「そ、その…サイトと言うのは」
「あ、ケンジ、間違いねぇ。この声聞いたことあるわ」

 とマッチョ(しんちゃん)がいえば「やだぁ〜!」黄色い雄叫びをあげるカマ野郎(ケンジ)。

 店の空気とか凄く嫌になってきた。
しかしサナトは「えっ、気になる」とそんな調子。

「しんちゃん、どうやら記憶がないんだって、サナちゃん」
「え、あり得るのそんなの」
「でも引退前確かに窶れちゃってたよね、」

 もうなんとなくわかっちまったよ俺。想像力豊かすぎてどうしよう、困る。

「あの頃はお世話になりました」

 と、しんちゃんがサナトに両手握手を求める最中、サナトはマイペースにビールを追加で頼み、つくねをはむはむと、上品に両手で串を持って食っている。
 その姿に「いやーかわいー」とケンジが奇声。俺は最早焼き鳥を食えず、2杯目が来た瞬間に反射的にもう一杯ビールを頼んでしまった。

 しかしもぞもぞとして隣にしんちゃんが座ってきたのでもう背筋がヒヤリ。目の前ではケンジが「これです」とケータイ画面をサナトに見せていた。

 「ごふっ、」とサナトが吹き出したので「おい大丈夫か」と、しんちゃんから離れたいのもあり、俺は焼き鳥一本、なんだかわからないが持ち、しかしなんの気もないようにサナトの隣に立てば、「がはっ、ごほっ、」とめちゃめちゃ苦しそうなサナト。

 見えてしまった。
 予想は的中してしまった。

 ベットの上で、なんかおっさんと話しながら、徐々にズボン(股関)を撫でくりまわされているサナト(似てるとしておく)の映像がケンジのケータイから流れていた。音は一応サイレント。

「なっ、」

 すげぇ嫌がって首筋舐め回しチューされてますけど、サナトくん。

 いや見いってる俺もどうかと思うが、どこか空虚に、少しは欲情も入り交じった目で睨むように画面向こうのこちらを見る官能さに、間違いなくこの、今隣にいるこいつだと俺は感じた。

 しかしどうにも「勘弁してください」とケータイをパシッと掴んでケンジに返したサナトは、そのまま気まずそうに一言言った。

「人違いですセクハラで訴え…」

 また見せてくるケンジのケータイを見つめ、今度は「すげぇ、」とサナトは漏らした。

「やっぱりそうでしょ」
「いや記憶にないだけ怖い。なにこれ、マジで僕?」

 どうやらケータイをさっき拒否したせいで画面が飛んだらしい。
 わりと後半、シーツの上で苦しそうに歯をくいしばったサナトが悶えてシーツを握っていた。

 可哀想だこれは流石に。

「あの、ホントに人違いなんでやめていただけますか?」

 予想より低い、
若干怒気が籠った俺の声に驚いたのはサナトだった。俺も内心「こんな声出るのか」とビックリしている。

「ここ公共ですし。非常識で」
「なによ、こっちは心配してたのに」
「心配?何がですか」

 しかし、サナトは控えめにぎこちなく笑い、「ありがとうございます…」と二人に拒否を見せ、続けた。

「確かによくわからないんで、まぁ、正直僕はこれを他人としてしか見れません」

 一同が黙るも、サナトは本当に何事もなさそうに今度は砂肝を食ってビールを飲んでいた。

「五十嵐さん、言ったでしょ。僕一回死んでるんで」
「はあ…?」
「まぁ、確かに公共で流すのは非常識ですけどね」

 それには二人が何故か同情のような、そんな目でサナトを見る。だがサナトは変だ。見上げて二人に、「何飲みますか?」と聞いている。

 違和感しかない。
 どうしてこいつはこんなに人間味がない。しかし皆に見えている、これは幻でも幽霊でもないようで。正直、AVの死んだ濁った目の方が、なんだか人間味があったように感じる。

 本当にこの画面のよく似たヤツは、こいつとは赤の他人なのかもしれない。

 流石にどうやらバツが悪くなったらしい。二人は「帰るか…」と、そのまま流れるようにそそくさと帰ってしまった。

 焼き鳥の串を置いたサナトはふと俺に言った。

「多分昔の僕なんでしょうね」

 と。まるで他人事のように。

「…ん?」
「あのね、」

 それから少し切なそうな顔をしてサナトは更に続けた。

「多分僕、自殺したんですよね」
「は、」
「入院したの、サナトリウムだったんで」
「へ?」
「真っ白で何もない。気が狂うほどに滅菌された部屋。サナトリウムでは、人生リセットも組まれますから」
「え、じゃぁ、あれは」
「いや、全く覚えてないのは本当です」

 なんだか。

「幽霊みたいだな」
「ホントにね」

 ふふっと、サナトは笑ってから「うっ、」と何故だか嘔吐き、それからはしばらく一人で咳き込んでいた。
 店員に水を貰い、落ち着いてから帰ることになった。

 落ち着いたら嘘みたいにサナトは普通、平然となった。

 なんとなくだがそれ、喘息じゃなくて喉、悪いんじゃないかと考えていたら、家に帰ってすぐ、サナトはトイレに籠って嘔吐していた。

 なるほど、やっぱ喘息じゃないじゃんと思いながら介抱すれば、しばらくは体育座りをして顔を埋めていた。

 それから俺は絵を描いて、朝を迎えて下に降りる。

 サナトはそのままぐったりと壁に凭れて寝ていたのだった。

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