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そうと決まればあっさりと、自宅から歩いてすぐの串焼き屋に向かった。
今更ながら、確かに今日は暖かい方だったが、春前にニットとスキニーで家へ来たサナトに違和感を覚えた。取り敢えずは俺の四万円の黒いダッフルを貸してやるが、それも少しデカかった。
ダッフルを着せたときに、確かにこいつ、病的に細いなと更に実感した。多分、あの募集の写真よりも痩せたのだろう。しかし、入院していたならそれは意外なような、当然なような…。
時刻は20時。入れたらいいなと店の混み具合を伺うのに、構わずサナトは素知らぬ顔で先に店へ入っていった。
ギリギリ席は空いたらしい。先ほど客が帰ったような余韻を残した拭かれたばかりのテーブルの二人席、店のドア付近に通された。
サナトは椅子、俺は壁の黄色いソファに座りコートを脱ぎながらビールを頼んだ。サナトも控えめに、滑舌は良いが少し掠れた声で「同じので」と言った。
家で気付かなかったが、意外とサナトは通らない声だなと感じた。喘息のせいなのか、若干の突っ掛りや掠れを感じる。
ビールが来れば乾杯より先に「つくねと皮と肝に、あ、あとねぎまを塩で2本ずつ」と、指で壁のメニューを指しながら注文していく。
腹減ってたのか、お前。
「五十嵐さん、玉ねぎと砂肝食べられますか?」
「え、あぁ、うん…、砂肝はちょっと」
「じゃぁ玉ねぎ2本。タレで。砂肝は一本塩で」
長くも角がない指を降ろし、満足そうに店員に軽く頷く。ホントに女子感強い。だがチョイスが若干じじくさい。
それから「はい、かんぱーい」と言われて「あぁ、乾杯、」と飲み交わす。若干泡が減っていた。
「あ、僕お金持ってないんですけど」
「…なんとなくわかるよ。いいよ。それよりタバコは大丈夫か?」
「あ、どうぞ。息止めてるんで」
なんだよそれ。
後ろめたくも俺は横を向いてタバコを咥える羽目になる。しかしながら居心地悪そうなのは露骨すぎて伝わったらしい。
「冗談ですよ」とサナトは淡々と言った。
なんだろ、凄くアットホームな冗談。ちょっとズレてるけど。俺こいつと初対面だよな、確か。
「悪かったな、腹減ってたのか」
「いや、なんか外のご飯久しぶりなんで。まず出てきませんから焼き鳥」
「まぁ、だろうね」
ふと気付いた。
二つくらい隣の席のやつ、ちょっとバンドマンみたいなチャラチャラした金髪メッシュのピアスと、向いの椅子に座ったなんか、ガッツリ筋肉質なヤツがすげぇこっちをチラチラ見ている。
まぁ、俺は画家として慣れたことなので気にしないでいたが、ソファに座ってたバンドマンの方が明らかにサナトの方へ歩いてきた。
サナトは気付かずちびちびとビールを飲んでいたが、側までバンドマンが来て「あの、」と声を掛けてくる。
サナトは一瞬ピクッとしてビールを口から離し、「はい、」と挙動不審気味に答えた。
「あのぅ、“サナ”さんですかぁ?」
声を掛けたバンドマンみたいなヤツは若干のオカマ口調だった。声を潜め言ったそいつにサナトは「はい?」と訪ねる。
「あの…人違いだったらすみません。サイトでお見かけした方にそっくりだったんで…」
「サイト?」
「はい、あの、まぁ、ちょっとした娯楽の」
「娯楽のサイト…」
娯楽のサイトってなんだ。
「人違いですかね、すみません。いや絶対そうだと…お相手の方もいらっしゃるみたいで」
漸くちらっとバンドカマ野郎が俺を見る。
「…はい?」
「いや、あの、ホントにすみません、あの、はい、貴方にそっくりな方がいらっしゃってぇ」
「どの様なサイトなんですか?」
「え゛っ」
気まずそうにバンドカマ野郎が、絞め殺された猿みたいな声で驚く。
「いや、はぁ、」
「いや、僕どうやらモデルをやってたらしいんですが」
「はい!?」
話が拗れそうだぞ。
絶対俺に振らないでくれよと顔を背けるも、チラチラとカマ野郎が俺を見てくるので凄く冷や汗が出た。
「…いや僕記憶喪失なんで。マジで」
「は、はぁぁ」
あ、それ言っていいんだ、君のなかでは。
「あ、あの…なんというかその…え、記憶喪失?」
「まぁ、そうなりますよね。僕、自分が誰だかよくわかんないんですよ」
やはり淡々とサナトは言う。
なんだか他人事のようだ、今更ながら。
「え、えぇっと…」
「この人のアシスタントになりました。仕事なら今は、画家のアシスタント、ですが…貴方は…」
「はぁ、へぇ…」
カマ野郎に睨まれた。
しかしカマ野郎は何故か俺を見つめたまま「てっきり復帰するのかな、この人いかにもイケメンだしと思ったんですが」と。
それは否定しねぇけどなんの誤解なんだよ一体と、しかし紐解くのは少々怖くなってきた。嫌な予感しかしない。
「休業してましたよね、貴方、やっぱりサナさんじゃないかしら」
「確かに名前は佐奈斗です」
「あぁ、やっぱり!」
オカマ叫んだ。
なに嫌だ勘弁してよ。
オカマはすぐさま共に来ていたマッチョを手招きし、「しんちゃーん!そうかも!」と言った。
しんちゃん(仮)は「やっぱりか!」と微笑んでこちらにやって来る。
なにこれ、ハッテン場かよ、嫌なんだけど凄く。
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