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「陽はとっても愛想もよくて可愛くて良い子ね」
「それに比べて」

 ザーザー。

 嘲笑のような母の表情がはっきりしていない。どうして似なかったのかしらね、二卵性ってそういうものなのかしら、男の子なら守ってあげてね悠。

 ザーザー。 

「陽だよ、ねぇ、」
 
 無邪気に笑う昔の陽が翳る。
 ザーザー、雑音、雨のような、自然現象のような。

「パパ、陽は、陽はね、」

 どうしたんだ、
 ザー、ザー。

 雨が、明けたようだった。
 掌が痛くて、汗も握っていた。然り気無く瞼に乗せた手首はどうやら、ざらっとするような、変な感覚、これは左だ。
 やるせなくてその腕は投げた。
 闇の中にハルの、幼い笑顔が浮かんでくるようだった。

 …どうやら、いま布団に寝ている俺はは“悠”だ。御子柴悠21歳、寝室は静かで。どうやってここまで来たのか、照井が運んできたのだろうな、多分。

 噛み締めたのか、その顔は。何を言ったかなんて健忘するほど強烈だった気がする「陽はね…」床と、リビングで、これはと白く引っ張られた、海馬辺あたりの髪の毛。これは耳鳴りがしているのかも知れなくて。

 ───。

 カーテンが掛かった窓の微かな光がはっきりと、この暗闇のなかでは存在感がある、小さい頃に泣いて向かい合ってあの場所にいたのは壁の白い、クリニック。テーブルの上に置いてあったペーパークラフトを見て何を、
 小さい頃に
 暗闇は、少し恐ろしく思えた。

 そんな彼女に俺は何をしたらいいかと観測記を思い出した。まだ記していないけれど、多分この耳鳴りがもう少し、意識として俺をここに引っ張るつもりだ。

トラウマ人格のクセに引っ込んだのか。

 振り払う。違う。陽は陽だ。底抜けに明るいそれはあのペーパクラフトを照井の膝の上で作っていて照井はハルに「器用だね」と笑いながらその腿に手を、違う、落ち着かない、巡る、止めたい、そうだ、あのCD。パソコンからウォークマンに、いつでも聴けるように入れてやろうと今決めた。

 泣きそうだった。気付いて唇を噛んだ。頭が痺れるが、もう気が狂っていると頭で冷めた自分の声がして漸くベットから出る。過呼吸かもしれないけれど俺はすがる思いだった。

 なんで今になってあの“国立天文台 ”のペーパクラフトが浮上して手でくしゃっと叩き潰したいのかはわからない。あの頃はそうじゃなかったとリビングに行き電気をつけた。

 照井のパソコンを開けるのは面倒だった。ただ、コンポに繋いで垂れ流していよう。
 アルバム二本か、多分二時間かな。曲名はいいやと、コンポとウォークマンの録音に任せてただの床、コンポの前に寝転んでイヤホンで耳を塞いだ。

 あぁ、聴いたことある曲一杯ある。案外照井はミーハーかもしれない。仰向けで床が冷たくて、動悸は感じた、静かなはずのリビングで。

 あとはただぼんやりとしていようと思ったら、ふとテーブルの下に何か、落としてしまったかのような、メモ書きみたいな紙を見つけた。

 這ってそのメモを手に取ると、


さっきのわりとまぢだから。
加藤雅夫


それと連絡アプリのID、あとケータイ番号が記されていた。

 『まぢ』。
 どう考えても若い、つまりは照井が通う心療内科の者ではない、つまりハルが今日大学で受け取ったもんだろう。

 なに?『わりとまぢだから』って。どう見ても連絡先交換みたいな、クソ大学生の出会い系じみたコミュニケーションじゃねぇ?
 …あ?なんだこの加藤ってやつ。誰だよ、つーかなんだ、そんときあのバカ源蔵はいなかったっつーのか?あいつハルの彼氏やるっつっただろーよ使えねぇな。

 うわっ。
 クソもやもやする。クソむかつく。ぶっ殺す。源蔵会ったら殺す。まずこの加藤を洗い出してやる。
 野郎ならどうせ最終段階セックスが頭を掠めてるんだよあー死んでしまえ。ハルにそんなの死んでしまえ。あいつは純粋無垢で…。 

悠、違うんだって。

 耳鳴りが眩暈に近付いて頭痛に頭を抱えた、うるせぇな陽、俺はいまイライラしている。大人しく寝れねぇのか。

 粗い深呼吸をしている、心拍数は体をぶっ叩いて冷や汗に変わる、うるさい、はぁ、黙れ全部、歯がキリキリした。だが、こんなもんは幻聴だ。ハルは俺を知らないのだから。

 …眠れないと自律神経やらで気が狂いそう、体調が悪いのは本当らしい。女子みたいな理屈。それが確かに心地いい。

 …俺は絶対に陽を守らなければならないから、生きているんだ。

 頭を抱えて左手首が見えて、
 理屈がどうあれ何故これに安心するんだろうと、ぼんやりしてしまった。

 朝に、
「どうしたの、」と、判断しようと遅れて呼び掛けた照井に「…悠だよ」と言った声が掠れていた。寝れたらしいが血圧が上がらなかった。

 「…薬、今夜から注射に代えるからね」これも遠かったのだけど「…ん、」としか返せないままミネラルウォーターで大学に向かった。

 鞄にチョコの、菓子を見つけたそれが朝飯となった。

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