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 さっさと帰りたい。こういうのはまぁまぁ、めんどくさいし仕事をしている気分で重苦しいのだ。

 「点滴を確認してきますね」と走ろうとする医師と「あの、」と訪ねる悠の友人…何君だったか、彼がはっきりと「陽ちゃんに会ってもいいですか」と訪ねるのが同時だった。

「…まぁ、意識がはっきりしてきているし、その方が色々状況とかもわかるかも知れませんが…」

 と医師が俺に許可を委ねようとしているのだが俺としては「状況?」でしかなく。
 行ってくれという視線を寄越せば走りやめた医師はまたせかせかと奥へ向かう。

「俺も栗山さんも、倒れたときは一緒にいませんでした。陽ちゃんはもう倒れていたんです。栗山さんはそれから俺が呼んだんだし…」
「はぁ、倒れていた。講義中ですか?」
「いえ、あの、すぐそこのカラオケボックスの前です」

 それは非常に奇妙な状況だな。大学の外で倒れた、友人が救急車を呼んだ。のに、倒れたその場にその友人はいなかった。

「君は陽が倒れるのをわかっていたのか?」
「なんというかそのために陽ちゃんの元へ駆けつけたのではなく、」
「陽は自殺を仄めかしてでもいたのかい?」
「違います。
 というか、なんだか驚いたりとかしないんですね、」

 何故か青年は批判的なように感じた。まぁ、友達程度では慣れていないのは仕方のないことか。
 ん?というか。

「えっと…田辺くんだっけか。
 その、悠の彼女さん?」
「…|栗山《くりやま》|明日香《あすか》です」
「栗山明日香ちゃん。
 田辺くんはどうして彼女を巻き込んだの?」
「え、」

 ちょっと選択した言葉を間違えたかもしれない。だが単純に俺にはこの彼氏面した大学生が何を言いたい、したいのかが汲み取れないのだ。

「それとも栗山さんは悠と共にいたの?でも田辺君があとから呼んだんだよね?なんでもいいんだけど陽の友人も悠の恋人もここに集結した理由がいまいちわからない。また悠は遊び歩いてたんでしょ」
「悠の様子がおかしかったようなので駆けつけたんですが」
「はは、ありがとうね。しかしカラオケかぁ、何がおかしかったんだろう。援助交際でもやってたのかな。ありがちなやつだと」
「悠の癖は陽ちゃんと関係あると思います」

 栗山さんが漸く話始めるようだった。
 俯く彼女にそうか、悠ってこういう清楚な感じの女が好きなのね、陽と違ってと考える。想像もつかない。

「悠は、陽ちゃんを守りたい時にしか現れませんから」

 …それは多分誤解だよ。

「君たちは何が言いたいんだろうか」
「私はもう少し悠のことを」
「そうか。なら栗山さんのそれは誤解だよ。
 主体人格は悠だ。
 交代人格というのは主体人格が自分のトラウマや、危機を切り離すために出来ている。だから悠が逃げたいときや辛いときに陽を呼び出して自分は現実から離れるが、意図してやる行動故に悠は陽を知っている。だが陽は悠を知らないんだよ」

 学生二人は黙って俺の返答を待つのだが、「ははっ、」と笑いが出るのが俺という人格だ。

「だからそもそも守ろうだなんて」
「…これ、ですが」

 ふと、田辺くんが自分のケータイを見せてきた。
 パッと見えたのは茶髪の如何にもな男子生徒が悠の細い肩を掴んではしゃいでいそうな写真。どうやら悠は困惑していそうだ、からこの時には陽だったんだろうか、とも考える。

「先生、」

 車椅子の軋む音と、廊下に陽の声が少しだけ反響する。
 声に田辺くんがさっとケータイをしまった。
 「ありがとうございます」と医師に陽は告げる。間違いなく悠ではなく陽だ。

「源蔵くんに…栗山さん、来てくれたの?」

 それぞれを見て言えば「陽ちゃん…」と二人とも言葉を探すのだが、真っ先に動いたのは栗山さんで、

「陽ちゃん、よかったぁ、大丈夫?」

 と泣きそうに陽の手を取れば田辺くんも「ホントに…」と駆け寄って。
 俺は友情劇を見せられている。それは案外言葉もなくて、そう、何故か女人は泣いてしまったりする、そんなもので。

 「ぼーっとする?痛い?怖くない?」と心配そうに、動きにやり場がない田辺くんを見て、そうか陽か悠に好意があるのだろうと見てとれる。

「二人ともごめんね心配かけちゃって…」
「陽ちゃん、カラオケの前で、倒れちゃったんだよ、」
「…そうなんだね。ごめん」

 泣きながら手を握ってくれている栗山さんの涙を優しく拭ってあげる姿には、悠の何かを見るような気がしてならない。

「陽、」

 呼び掛ければ陽は俺を見て「先生、」と言うのだからいたたまれない。だがそれよりも先に陽が車椅子を押してくるのを少しだけ待てなかった。気持ちが前のめり、「陽、」と、抱き締めてしまう俺には暖かさが伝わってくる。

「…怖かったね、陽」

 息も声も押し殺されるようだけど、恐る恐る背に伸ばされた両手と「ごめんなさい」が耳元にある。
 「大丈夫だよ陽」と陽の耳元に返すが、俺の視界の先にはなにも言えなくなった学生二人の視線があるのだ。
 少しだけ気分が晴れる気になる。気にしないのだが俺は自分の予想以上に嫉妬深いし陽を束縛する。

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