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インスタントコーヒーを片手に戻ってきたマーサは湯気で少しぼやけていた。
「はい、コーヒー」
「…それは医者がダメだって言ってたよマーサ」
「え?なんで?」
「エフェドリンとちょっとだけ成分が一緒だから」
「え、そうなん?コーヒーってそんなに危ないの?」
「…タバコもね」
「マリファナ吸った方が害がないってホントだな、マジか」
語弊あるけどね。
行き場もなくコーヒーの水面を眺めているマーサのしゅんとした顔に「はは、」と笑いが出てきた。
交感神経を刺激したような物でなく、自然と喉を滑っていく。
俺はもう、寒空に肺を浸す肺炎のようなやつではないのかもしれない。ははは、と、新しい息の吸い方を、知っているからこうしてるんだろうし。
「ありがとうマーサ。飲む」
「え、また怒られるのやだよ楓ちゃん」
「大丈夫だよちょっとくらい」
「そうやって身体を蝕むんだからあんたは」
「はは、そんなに若くないもんね」
そんなにって、2歳しか変わらないじゃんと言うマーサに「はいはい、マーサもね」と言ってコーヒーを受け取る。
一口啜れば「俺もちょーだい」と言うので、昨夜のことを思いだし、俺は座ったマーサの後頭部を緩く掴んで口移しする。いちいち、されどそれで満ち足りて流れていくんだ。
ごくっと喉仏が動いたマーサを見て、温かく満足した。
「…なにぃ、楓もっかい?」
「勘弁してホントに疲れてる」
「俺はいまこの口にふわぁって暖かさが広がったのに非常にリビドーを見たよ」
「若いなぁ、無理。女子ならとっく抱き殺してるよマーサ」
「ないない、そーゆー冗談凄く親父臭いなぁ」
「ま、それもいいけどね」と本当に抱きついてきたマーサに「待て待てホントにもう痛いから」と言えば、「逆でもいいよー?」と調子に乗って軽口を叩く胸板を軽く叩いてやった。
「いーじゃん久々帰ってきたんだし」
「このままだと毎回飲んで呼吸不全でまた入院だからやめてー」
「だってぇ」
「まぁ大丈夫だって一生分あるんだから」
へ?と言ったマーサにふふふ、と笑う。
もういなくなって死んでやると思う体力もないらしいから、先は短いかもしれないけど。
どうなってもいい、破壊して、どこまでも。
「さくっといい男!楓ー!」
犬のように抱き付いてきたマーサを「はいはい」と撫でる。染色で傷んで引っ掛かる指通りの髪。
ゆっくり、ゆっくり、当たり前で何事もなくなっていく日常。絡み合い溶かし合って、澄んだ水のように無色透明だった。
「小中高って悩んだんだ、気持ち悪いって母親に言われて。空気のように成り下がった自分は、綺麗じゃないんだってさ」
あの日そう言った自分はもう、ここにいない。けれど、「俺もそうかもしれない、自分を愛せないよ」と言ったマーサを忘れない。
多分、そう、運命ならこれは抗っている。透明に肺を侵食するこの感情が、この時間が、中毒になっている。これに殺されるまで、破壊しながら肺を浸して存在していよう。
ぼやけた朝、微笑のように温かい時間だった。
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