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「実はノンケだった、て訳じゃないよね?」
泣いた俺にマーサはそう言いながら、離れようかどうしようかと戸惑っているのが身体に伝わってきた、あの日。
同意ではあって、最高によかったけれど。
目を開ければ朝になっていた。隣は空っぽで風呂場の方から追い焚き設定の機械アナウンスが聞こえる。
「わからないんだ」
と、あの日の俺は答えたんだけど、マーサも困った顔で「実は俺もなんだ」と、猥雑な個室で答えた。意味を吐くより、心を開いた瞬間だったといまなら思う。
ふわふわ痺れた視界に、俺よりも逞しい、然り気無く筋肉質なマーサの足が見える。
ぼけっと少し上を向けば「あ、起きた」と、シャツを羽織ったマーサが言った。
「朝だよ楓。大丈夫そう?」
おはよう、と言いたかったが言葉を出すほどには脳が働いてなかった。
息が重い。はぁはぁと静かに肺を動かすのだけど、マーサが座って軋んだベットと、「よしよし」と、目元を拭う指。あのときと変わらず筋張っている。
全てが頭のなかで透明になるほど、気管支も肺もいつも通りにぼやけていた。
「風呂暖め直したから」と、髪を撫でてから枕元にあった俺の寝間着を引っ張り出してくれるマーサに、「どうしてあんたはここに来たの?」と攻めるわけでもなく俺に訪ねた過去が浮遊してくる。
「地元で色々、嫌なことがあったから」
あのときマーサは「そんなに擦れてたんだね」と笑ってくれた。
ふわっと髪を撫でてからマーサはタバコを吸って、自宅の朝日を眺めている。何事もなく、涼しい顔をして。いや、本当は何か、マーサも俺のように回想をしているかも知れない。
「咳は治まってるね」
「…おはよう」
「おはよう。立てそう?」
「うーん…」
「ふわふわしちゃってる…かな?」
片手で耳元を撫でてくれるマーサは優しい。あの日のマーサは誰でもよかったはずなのに、酷く丁寧で優しかったけど。
人にそうやってされることに、足元が柔らかくなるような、ずぶずぶと落ちそうなそれにどうでもよくなってしまったから、そのまま個室を去った足で宛もなくふらふらと橋に来ていたあの日に。
怖くなりそうで俺はマーサの手を握る。
「真麻。えっと、真実って言う字と大麻って言う字で。あんたは?」
そんなもの捨てて生きていたかった俺はただ、ただ怖くなって。
「…楓、どうした?」
思ったよりも強く握ってしまったことに、漸く。
ゆっくりゆっくり、現実に焦点が合っていく。
多分あの時の俺は不穏だったんだろう。だから追いかけてきてしまったんだろうね。俺はいまみたいに結果、手を繋いで離さないような結び付きを作ってしまった。
「…ごめん、おはようマーサ」
「うん、おはよう。起きなかったら起こすの忍びなかったよ、楓」
「よいしょ、」と起き上がろうとして「あーちょっと」と窘められる。
失敗した。急すぎて眩暈がする。
「うぅ痛ぃぃ」
「まったくもう、血圧!」
チカチカする眉間を揉んでいると、「ちょっと待ってな」とマーサはベットから離れる。
チカチカする頭痛の合間に、からから、と、マーサがコーヒーを用意する音がした。
それはいけないと医者に言われたのに。
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