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あぁ、なんだかそわそわするなぁ、と仕事終わりに溜め息を吐いた。
「真麻くん、溜め息ばかりだね」
ふと、同僚の樫山の胸があざとくも丁度顔の位置の視界に入り込んできて、指摘に反せず言われた通り溜め息を殺して樫山を見上げてみた。 ベタベタの糖質80%のような、声。
樫山は「はいどうぞ」と、ニコニコしながら、コンビニで売っている少しお高そうな、名前も覚えられそうにない飲み物を渡してくるのだった。
いかにも女子が好きそうな丸いパックの、白いパッケージの飲み物。
「…ヘーゼルナッツ、アンド、キャラメル、ミルク、ラテ」
何がなんだかよくわからない。甘いのは確かだろう。
「…これは樫山さんの推し?」
「美味しいよ、甘いのは疲れにいいし。
真麻くん、いかにも「今日こそは残業しない!」って背中だったからつい」
「はぁ、ありがとう…」
「一通り終わりそう?」
「まぁ…」
「最近忙しかったよねぇ」
確かに。
家に帰ってもすぐに寝てしまうほどにはここ最近残業ばっかだ。いや、俺の断る能力と会社でのキャリアが悪いのだけど。
だが今日はこの調子なら久しぶりに定時で帰れそうだ。久しぶりの花金。そう、これを終わらせれば明日から休みで…。だから…。
樫山はちゅーちゅーと、俺と同じ飲み物を啜って「なんだか今日は真麻さん、暖かい溜め息〜」と甘々ベタベタで台詞を吐いた。
「彼女さん、在宅なんだっけ」
「うん、まぁ…」
そうだ。
なんたらかんたらラテにぼんやりとストローを刺して吸う。
ぶっちゃけ美味いのか、甘いのかどうかすらもいまいちわからないような味だった。だが、糖分が一気に頭を覚醒させたのは間違いなかった。
「今日はゆっくり出来そうだねー」というつまらない樫山の返事で会話は終わる。そうだ今日は早く帰れるぞが勝ち、かちゃかちゃと仕事を片付けてしまおうと、踏ん張れる気がした。
最近は俺が帰宅する時間には、楓は寝てしまっている。俺も疲れているし。
会話という会話もない。だが、同じベットで寝ている。
不思議な感覚に陥るものだ。楓は今日何をしたかな、そんなものは大体わかるのだが、そう考えてから朝に起きるのだ。
おはようという舌足らずで寝ぼけた声にキスをしたって、相手が覚えているのかわからない。
あれ、でも先週の土曜日は何したかな。
あれか、少し楓の具合が良くなかったんだ。
昼頃に俺が起きて、楓は確か通い付けのクリニックに検診に行って、日曜日はそんな感じでぼんやりと二人で味気なく過ごしたんだ。
間違いなく今日は終わらせよう。
家にまだゴムあったかな。頭を少しよぎれば急にそればかりが頭を占める。
楓はこんなとき何を考えるのだろうと、ふと思う。たまに、たった二歳が驚くほどに遠く感じることがある。
特に楓からねだるということもあまりない。俺ばかりががっついているのではないかとすら思うことすらある。
なんたらラテをもう一口飲んだ。これは何味なのか、本当にいまいちわからないものだ。甘いのは確かだが、そればかりで、すべての主張が強すぎる。
雑味なのだろうか。
手が止まる前に文書をよく見直した。何にも夢中になることは必要で、夢中になったということはそうそう離れていかないものだが、楓と俺は万有引力だと信じている。
“万有引力”だなんて定義付けをしなければならない関係なのか、と、エゴが邪魔をする瞬間もいくらだってあるが、「真麻、おはよう」というあの笑顔がなくなってしまう、そりゃぁ、それは体調によりよくあることだ。
だけどその永遠を想像することが出来ないのが現状で、そんなとき自然と、情緒がぐらつく。
虚ろに俺なのか、それともその先の星空を眺めたかもわからないあの日の楓の冷たい顔、麻薬に酔ってしまったような色のある、だけど怯えが見えた虚ろな瞳が交互に現れる。
どちらも、どうでもよかったで済むわけはないのだから、その先を見つめたいだなんて、つまりはそれだけで俺は楓が好きになったわけだけど。
それにはどうしても痛みがあるような気がしてしまう。
もっと言えば、俺はどうでもよくないんだよと楓に押し付けてしまいたい俺がいる。これが道徳か恋か愛かは曖昧なままでいるのだが、結局友人なんかより遥かに恋人に近い関係なのは間違いなく。そう、なんでも捨てられた楓は俺のなかで衝撃だったのかもしれない。
その衝撃を伝えたいし、守りたくなってしまっただなんて、そんなエゴで楓と生きている。
悶々と考えながら、ほとんど上の空で仕事を片付けた。
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