5
真麻の家族は?と楓に聞かれたとき、迷うことなく「それほど仲も良くない」が出てきたのは当たり前すぎる、真麻にとってそれは灰色の過去だった。
条件反射、よりも無意識下に成り下がりつつ、厳格な父親と口も利かない大学4年を過ごし、冷めた、草臥れた、ただ朝起きてただ飯を作ってくれてただ洗濯、掃除をしてくれた母の表情は不思議と無表情に近いものしか浮かんでこない。
おかしいなぁ、母への家族愛はあったはずなのに、少なくても「口を利くのが億劫だ」と感じた父より色は濃いはずなのに、何故なにも出てこないのだろう。景色に成り下がってしまったのか、爽やかなロックンロールが流れている。
底抜けに明るいロックンロールの聴覚はぼんやり、混み入った電車の端の真ん中のソファに自分の脱け殻を作り出している気した。
まわりに少し気が散ればいつの間にか、立つ列は3列くらいの、金曜18時半の神田。無難な雑踏の中に少し窮屈が入り込む、音量をケータイの3%くらいあげよう、18:23。これから悶着のような怒濤が訪れる。
秋葉原か、まぁ丁度良い。1駅の1曲は気が霧散しそうなくらい明るい、現実はこんなに排他的なのに。
居場所はココじゃない
最近こればかり聴いてるな、前までわりと暗い曲聴いてたよなぁ。薄暗いライブハウスのような。だから衝撃だ。こんなにも温く切なく底抜けに明るい。歳食ったかな、まぁ出会えてよかった。
1曲は終わらない1駅に真麻はぼんやりしたままエスカレーターを降りて降りて、金曜の秋葉原は乗り換えに勤しんでいる。乗りはきっと立ちっぱだ。2駅先の上野で座れたら幸いだけど、まぁどちらでも良い。
中央口には待ち合わせの学生がたくさんいる。電気屋、ガチャガチャしてるだろうな、4階あたりにあっただろうかと8階建ての大型電気屋が目に入った。
だが自然と目の前の喫煙スペースで真麻はタバコを吸うことにした。混み混みで外の灰皿付近に立とうにも、これってなんだか違うよなとこんなときに思う。
Sometimes b help me
Sometimes a cry yeah
Sometimes a crazy
Sometimes a feel
これはメロウだ。
喫煙所が霞んで見えるなにもかも好きな色で塗りたくって、そうだな灰色だ。いや、紫煙というくらいなら紫か。あれ、紫って書くよな確か。自分の吐く煙は夜のような夕方に白く混ざり霧散してしまう。癖のある声だと舌触りにニコチンを確かめ早々に、真麻は休息する人々に切って紛れタバコを捨てた。多分、半分よりは吸った。
電気屋の前の信号は丁度赤になってしまった。時間の長さと距離の長さが釣り合っていないなぁ、結構待つよなと真麻はぼんやりとする。向こう側を歩く人々は駆け足に見える、また繰り返されるサビ。今度の新曲はどんな感じだろう。メロウもビートも好きだな。
激しい深呼吸で一瞬演奏が止まり真麻の意識は浮き上がる。
信号が青になり景色の中にいる自分はと脳に意識も声も流れ込んでくる。誰もいない、俺は灰色の中の一人に過ぎない、けれど、と楓の顔が浮かんだ気がした。意識を駆け抜ける人生、もしもいつか…。
電気屋に入ってみれば混んでいる、やはりガチャガチャと忙しないが、なんだかセンチメンタルに心を投げ捨てて真麻は4階へ向かった。ポケットに片手を突っ込んで、ケータイを握っている。
もしも、だとかいつか、だとか、不鮮明なのにたまにはっきり考えようとするのは、なんなんだろう。音量をあげるよりも景色は無彩色な物に成り下がり自分の奥深くの暗闇にどっぷり浸かる。
皆人形だ。
この長いエスカレーターに人の意味はない。なのに近く忙しない、いま何階だっけ、ぼんやり過ぎると見に戻る隙はない。
長いエスカレーターの意識は灰色で振り返る、みんなこの同系色に何を感じているのか、1曲リピートを押す。
タワレコでそのCDが視聴スペースに取り上げられていることに真麻は安堵した。今回のジャケットは珍しくダサい。
それもいいけれど。
手にすれば考えるのは親子丼のことだ。意外と丼物って消化してしまうんだよな。多分なにかもう一品用意してくれているかな。525円のお会計は軽いものだった。
親子丼しかりカツ丼しかり、卵を使う丼物の卵は柔らかさが難しいから、よそう前に溶き入れるらしい。
真麻は固くても柔らかくても良いのだけど少し固くなったり、黄身と卵の混ざり具合で楓は時々不満気だったりする。
駅に着いたら電話しようかなぁと電気屋、喫煙所、改札の雑踏を抜けてふらっと「これ、歌詞違うかもしれないな」とSometimes i happyに考える。考えても真麻のなかでSometime…うーんSometimes and?Sometime a hate meと、そしてまた繰り返してリピートされる。良い曲だなぁとより深く感じるような気がしなくもない。
秋葉原からあと何駅か、ただ人通りは30分もなかった用事の間にごみごみした、信号も渡りきる前に駆け足になって。
行ってしまった山の手、来た京浜東北の混み具合は違いがない。次を待たずに乗り込んで、座席前の立ち列は確保出来た。
少し、詰める距離。
御徒町、上野、鶯谷、日暮里、西日暮里まだ距離はあるもんだとぼんやり、真麻の頭の景色が窓の外で駆け抜ける。
けれど窓に浮かぶのは自分と前に座る高校生が忙しなくケータイゲームをやっている画面の光だった。
- 34 -
*前次#
ページ: