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「今夜どう?」

 ふらっと現れた一言に真麻の頭は営業利益、営業外収益、営業外費用から浮上した。

 「はい?」と、誘ってきた5歳離れた先輩へ向くと「あー、真麻くんは彼女いるから」と、別の12離れた先輩が言う。

 完璧に自分の脳内は31+38-26と、経常利益計算をふらっと出した。43、ここにいる43歳は部長だ、これをさっさと片付けねばなるまい。しかし少し、霧散した。タバコが吸いたい。

「…彼女?マジで?」
「え、あ、まぁはい」
「マジかー。花金だしパーっと行こうかと思ったけど」
「はぁ…どこにですか?」
「いー店見っけたんだよねぇ。けど行けねぇな…真麻くん若いしな」
「…キャバクラか何かですか」
「ピンポーン!」

 …確か38の方は奥さんも子供もいなかったか?と真麻はぽかんとする。

「堀さん奥さんいましたよね、子供も」
「金曜はOKでしょ。まぁキャバクラとは言わないけど」
「刺激がないと堀さんくらいの歳になるとレスるみたいだしたまにはねぇ」
「夫婦はそういうんじゃないんだよ藤田。まぁレスってないけどね」

 俺は一体何を聞かされているんだ。俺は無理だと確定したし仕事に戻ろう、あと少しだと、また画面に向かうが「俺知らなかったんだけど真麻くん」と、再び横槍が入ってしまった。

「あ、そうでしたっけ?」
「なにい?熱々?」
「真麻くん確か彼女長いんじゃなかったけ」
「…4年ですね」
「4年!マジで!?入ったときにはいたの!?」
「まぁはい」
「だからか〜!真麻くん女の話あんま聞かねぇもんな、なるほどな!」

 真相解明出来たし経常利益を打ち出そう、今日はマジで残業しねぇとまたパソコンに向かうのだが、「レスんねぇの?」ともう霧散。タバコ。ホントに吸いたくなってきた。

「レスったら先輩たちのせいかもっすね。タバコ吸ってきていいっすか」
「あ、じゃぁ俺も〜」
「俺も行くわ」

 それはそれで退席出来ねぇなと真麻は溜め息を殺し、立ち上がる。

 先輩2人と喫煙所に向かうも「4年て大学?」だの、「写真ないの?」だの藤田はうるさかった。
 典型的な結婚しないタイプの人間だ。

「…そうですね。大学終わりくらいから」
「そろそろ結婚を考える時期だね」
「いつ会ってんの?いつも残業じゃん」
「あー、一緒に住んでますよ流石に」

 やはり二人から「え!」だの「じゃぁホントにそろそろじゃん」だの言われる。

 喫煙所は、定時間際でわりと混んでいる。
 白い空間、しかしこれは汚れた空気。楓とは入れない場所だと真麻はぼんやりと思う。

「真麻くんいくつだっけ」

 先にタバコを咥えた藤田はポケットを探っている。それに堀が「ほれ、」と火をつけてやって。

 真麻はセブンスターの金色に火をつけた。カスタムライト。あまり吸わないタバコの独特な癖に眉が寄った。

「26ですね」

 繰り返された話題に真麻は煙を吐き出した。

「そろそろ考え時?やっぱり」

 「そうですね」楓の母親の話がまた脳に浮遊してきた。やはり朝から過去の楓も、病室も過去の母も後頭部辺りに靄になっている。

「ねぇだからさ、写真ないの?」
「すみません、ないんですよ多分。シャイと言うかなんと言うか」

 本当は多分、ちゃんと撮影に成功した写メの一枚くらいはあるだろう。大体はしかし、失敗してしまったりする。

「可愛い?」
「ええ。すげぇ美人です」
「うわぁいいなぁ、撮ってきてよ」
「めちゃ飢えてんな藤田」
「31ですから」

 楓の3つ上。まだまだ、とも真麻は思う。自分は早くそれくらいになりたい。そしたら余裕も、もう少し出来る気がする。

「真麻くんの吉報を聞く日も近いかな」
「まぁ、どうでしょうかね」

 そんな日は来ない。だが、そればかりでもない。今だけ一過性でこの話題も霧散するだろうから、一足先に「あと少しなんで、すみません失礼します」と、半分になったセブンスターを捨て喫煙所を出た。

 楓は今何してるだろう。頭に浮かんでくる。ノートパソコンを広げて、何かの本を広げて、テレビ見たり昼寝したり、忙しいだろうか。朝の、どうにも切ない姿はやはりぼんやりと確かにある。リフレッシュに散歩に行ってみたりするだろうな。

 寂しかったのだろうとも思う。俺だってなんだかセンチメンタルになったよと思い返してみる。確かに、早く帰ってやりたい。

 そういえば今日はタワレコ限定販売のCDがあったんじゃないか。

 無意識下に真麻はデジタル腕時計の数字を見る、金曜、金曜って珍しいよな、17:16、大体CDって水曜日発売なのに。あと44分。終わるかなぁ、でもサクッと終わらせてすぐにタワレコ寄ろう。真麻はそう決めてまた、デスクについてマウスを動かした。経常利益が浮かび上がる。

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