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「あとはまぁね、俺も一回そういうことあった、実はね」
その言葉は不自然で、暗い声色ではなかったが明るくもない。
わりに、笑顔で言うのに邪気がない。
「楓も…?」
「そう大変なことしたことがある、これが一番気掛かりというか後ろめたいかな。まぁだって他人だったわけだし」
はっきりしたものだ。そっちは吹っ切れている、のか。
それは何故だろう。
「…ちなみに楓はどうして?」
地元の話なら、酔っぱらって、だとかでもないでしょうに。
「あぁ、嫌いが最高潮だったんじゃない?あまり覚えてないけど、どうせ大したこともないよ」
「まぁ…」
どうしてそうも単純なのか。
他人行儀だなんてもんじゃない。それが不思議で仕方がないが所謂思考遮断なのだろうか。
「…俺はじゃあ、その時生きていてくれてありがとうって楓の過去に手を振ることにするよ、楓」
どうやら不機嫌な話だったようだ。
「…はは、ごめんね真麻」
けど、くだらないことなんて覚えていないんだけど。
「…いいよ、まあ」
「うん、ごめん」
「謝んなよ」
頭イッちゃってるヤバイやつ、可哀想なやつ、そんなものも過去に持たない不機嫌には些か、素直に申し訳がなくなるのだが、真麻はそれが嫌だった、楓の麻痺するくらいの傷心が嫌だったのだけど。
妙に噛み合い、溶けた紫煙が灰になった。楓は少し俯くのだし、真麻はタバコを揉み消すのだし。
ただ房総アクアラインは海の上を走り始めるのだった。
「…海だよ、楓」
と、声色を変えてしっとりと言う真麻は優しいのかもしれない。
「海を走ってるね」
先が見えるほど真っ直ぐ、海の間を走る道は新鮮で綺麗だと感じる。潮の臭いは湿っているのに、車内の空気は一気に入れ代わり「見れてよかったよ」と真麻が楓の髪に手を伸ばす。
するっと、手を逃げるなら撫でてみるのだけど、「そうだね」と手を細い首筋に誘導する楓の癖。
もしかして楓、これ嫌いなのかなぁ、とぼんやりと真麻は考えた。自分としては滑らかだが柔らかすぎない、猫みたいな肌触りが好きなんだけども。
首筋は自分より体温も低く手も震えているのだから、「あったけぇな」と言って笑えた。丁度温くなるはず。
「俺もさあ」
喉仏に少し指を這わせたのに驚いたようで、少し喉を下げ「…何?」と言う楓から、真麻は手を離した。
「なんか思い出しちゃったな、机に向かって一人で鉛筆カリカリしてたその自分の背中」
「自分の?」
「なんだかなぁ。実際勉強も大してしてないけどさ、たまにぼーっと思うじゃん?これってなんか意味あるのかなって」
「うん、そうかも」
「まぁ、多分意味なんてないんだよなぁ」
ぼんやりと言う真麻を少し見つめてしまった。だが彼は笑いながらも「そんな目で見んなよ、」と言ってくる。
自分は果たしてどんな思いで真麻を見ているか、ただ、「ありがとう」と言える。
「多分思ったよりはナーバスじゃないよ」
「ん、そうか」
「うん、そう」
何が引っ掛かるのかはわからないけど心身に効果がある。ざらっとした喉触りは嚥下が難しい、何故、海は思いによって色が違うのだろうか。
だけど今は耳の中でしか聴こえない漣が、無彩色。
楓が静かに目を閉じた。
君の見ている過去は何色だったんだい、珍しく真麻はそれに拘った。恐らくは、状況だろうなと海を眺める。
明日が見えそうにない。
溺れる、溺れていく。
道路の音しかしない漣に色弱障害を患う気になる。
青の存在は灰色になっていく。きっと、そうなんだ。だから空と海の違いなんてないんだよなぁ。紫は衝撃なのにタバコは白いから、繋がるんだろう。
今日は、こんなにも晴れている。真麻は楓と出会った日からを考えた。
不確かな二人で不確かなまま、走る。
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