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「着いたよ、楓」
楓の母から聞いた住所に辿り着き、駐車場で楓を起こした、が、恐らくはそれほど眠れていなかっただろうと、真麻は楓の薄い瞼を眺めコンビニで買っておいたミネラルウォーターを口に含んだ。
「おはよう」よりも先に口が塞がれて潤うのだから「んー」と楓の気が抜ける。
「おはよう楓」
苦く、炭酸のような驚きなのに、悪戯を成功させたような真麻の笑みが温くもあっさり喉を過ぎるのだから「はは、」と笑えてきた。
「…おはよう、どーしたのよ一体」
「喉乾いてるかなぁって」
「ん、ありがとう」
「腹は減ってない?」
また座り直した真麻は普通に返すくせに、口移しするために外したシートベルトのボタンをまた押して、「ああそっか」と再び直すほどには動揺しているらしい。
ああそうか、今しかこういうことが出来なかったんだね、と年下を垣間見る気がしておもしろい。
「一回着いたし昼飯食おうか」
「そうだね。確か…」
13時37分。
メールを確認し「受付4時みたい」と告げる。
「うわ、大分早く着いたな。まだ2時前なの!?」
「まぁ良いんじゃない。きっと店に着くのもすぐじゃないし」
「そうなの?」
「田舎って大体そう」
「楓はこの辺なんだよね?」
「いや、俺はもう少し中心だね」
「あそうだったの?」
「そうそう。この辺あんまり知らない、逆に」
「マジか、早く言ってよねぇ」
「小旅行みたいじゃん、まぁ大丈夫だよ多分店くらいあるから、観光地だし」
「う〜ん…わっかりましたぁ、頑張りまぁす」
真麻はどうもこういうときは早く着くタイプなのだが、予定は立てない。本当にふらふら付近を走るだけだろうな、というのも楽しい気がした。
疲れる可能性も頭に入れたのだが、「ちょっと、も一回」と、またシートベルトを外す真麻に「はいはい」と甘い。
さっきよりも長くキスをするのにも、なんだかんだ不安なのか、緊張なのかを感じる気がした。思い過ごしなら良いが全く隙あらばいちゃいちゃしたがる。
「腹減ったよ、」
と楓がエネルギーを与えてやれば「わかりましたよ」と健気なのも可愛らしい。
少し、らしくなってきたかな。
車はまた不馴れな地を走り始め、昼飯には結局30分もさ迷った。結果、丁度良いくらいで母に会う手順を踏んだ。
予定としては丁度良いからこそ、駐車場に再び着いては「ふー…」と、恋人はハンドルに突っ伏して、思い至ったように微笑んでくれる。
この場に真麻を連れてきたことは所謂“そういうこと”なのだと、痞は錠剤のように喉元を過ぎていく。
母だってそういうことなのだろうし。
曖昧に微笑むしかないのは、どこかで「これでよかったのか」という喉の残りがあるからだろう。
果たして母も、そうなのだろうか。
チェックの5分くらい前に、「着いた?」と母から連絡が入り「着いたよ」と返信する。
ケータイを眺める楓を眺めて、それからちらっと目が合って「よし…!」とどうやら真麻は腹を括ったようだが、ここに来て楓も溶け残りが苦い。
一度外に出てみれば姿勢が良いのは真麻の方だ。背中が広いなぁと後を着いていくのだけど、歩調が合っても振り返ることがなかった。
ロビーの受付でそういえば、志波なのか新しい姓なのかと過る。
試しに「予約をしていた志波と申します」と声を掛けるも、「お調べいたします」と、そうか違うのかと立ち尽くしたときに真麻の「あ!」と後方からの「楓?」が重なった。
振り返れば記憶にあった、逞しい短髪の男性と、なるほど少し腹の張った母が居た。母は記憶のストレートではなく、緩いパーマだった。
「あっ、」
言葉はひとつしか出てこない。「母さん、」と呼んでみればまさゆきさんと真麻が頭を下げる。
母は嬉しい、感動だとかそんな表情で「楓ぇ!」と、走ろうとする勢いなのだから、足が動かないとも言っていられない。
駆け寄って、そして、抱きつこうかというところで、楓は母に手を伸ばした。
「…母さん、」
「…元気だったのね、楓、」
余韻はたっぷりあるような、そんな空気にまさゆきさんが母の肩を優しく掴み「楓くん」と、真麻を見て「初めまして」と、融解していく。
「初めまして。堀田正幸と申します」
それに真麻も「初めまして。真麻勝成です」と、返事をすれば正幸さんはにこっと、柔らかい。
ほった。
「さあ行こうか」と、母を支えて自分達をも促すこの人は父という存在になったのかもしれないと自覚した。
その記号は幼い頃から字面として心の中にあったのだが、錠剤よりも意味がない融解に、一生“理解”に意味がなくなったのだということだと、噛み砕いた。家族とはなんだろう、それがあっさり喉を過ぎて行くのだ。
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