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「…マーサ、点滴終わりそうなんだけど」
「ん?あぁ、」
志波が制するようにそう言い、俺は黙ることにした。
「来てすぐで悪いんだけど」
「俺が行こうか?志波」
「…いや、」
「いいよ楓。看護婦さんに言ってくるわ」
「…怒られちゃうね、早いなって」
緩やかに志波は笑ったが、座ってすぐのまあさはやはり始終の気まずそうな表情で病室から出て行った。
志波は俺に「ごめんね」と言う。
「少しシンプルなんだ、まあさ」
「…そうみたいだね」
「驚いたんだと思うよ」
「いきなりでごめん」
「別にいいよ。俺が地元から消えたそれとあまり変わらないでしょ」
…そうか。
「…こんなこと聞くのもなんだけど、やっぱりその」
「大っ嫌いだよ、あんなところ」
こうも濁りなくはっきり言われてしまっては、何も言いようがない。
その景色の中にいる俺や、見崎はきっと今、志波の中では灰色でしかないのかと鮮やかに実感した気がした。
「…それは、悪かった」
「いや、別にいいよ。記憶が虫食いなのも事実だから」
「頭打っちゃってね」と志波は付け加える。
そこにあっては捨てて行く、その他大勢と変わらなかったのか、俺も。
「一度真っ白になってみようと、どうなってもいいってこうしてる。案外、あそこでも存在はなかったんだって投げられたところだね、今は」
それはなんて。
暗く寂しかったか、俺にはわからないが、見えてきたその志波はどうやら三日月のようにさっぱりと笑ったのだ。
「今はこうして、自分の呼吸で存在してると思うよ」
灰色だった君の人生に、そうか。
俺はきっと仲良くなりたくて、その人生に入り込んでみたいなと、今はっきり思うのに。
「…まあさは君の友人?」
ちょっと雑な彼は灰色の俺とは違うのだろう。
「…みたいなもの、かな。友人よりはもう少し近いよ」
「そうか」
真っ更なここで息をしている志波がその夜空を何色にしてみたのかは知らないけど。
ここに来れた俺は引力に近いし、けれどどうにも遠いと知った。
まあさと看護師が病室に入ってくる。
人口密度は上がってしまうし、俺は帰ろうと考えた。
「じゃぁ、帰るね志波」
「そう。来てくれてありがとう」
「お大事に、」
お幸せに。噛み殺した余韻が口に余る。
あの点滴はきっと外される。
まあさに特に挨拶はしなかった。
透明に赤が混じる命を思い浮かべて病室を出る。
出てみたら少し、息が止まってしまったような、また「はぁ」と再開したような。
殺されそうだ、とぼんやり思うほどに呆気なく今を感じた。
志波はここで新しく息を吸って吐いて、生きることを知ったのだと痛感したら、センチメンタルなような、甘く痺れるような気持ちに唇を噛む余韻が滲む。
友達になりたくて、それはこうしてぼんやりと考えてからの後付けだった。
まあさ、悪いな、からかった訳じゃなかった、けど知らないふりをした部分もあったんだ。
少しだけ同じ呼吸をしたんだ、さようならと心で呟けば、痺れて止まってしまいそうな気がした。
陶酔してしまった過去に、前を向いて現実に戻ろうと足を踏み出す。
俺は君を嫌いじゃなかったよと、はっきりと照らすように。
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