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「それ、ヤリチンってゆーんじゃないのぉ?」

 家にあまり帰らないという話から発展した。
 その場は大学構内のラウンジのテーブルひとつ分の所有地だった。

「真麻は背も高いしモテるだろうけどさ」

 名前も「サトウ」としか覚えていない、ごく普通の大学生がニヤニヤしてそう振る。
 「何人何人、」が確かヤマザキ、「ちょっと、最低だよ」がミギワさん。
 人身事故で渋滞したホームのようだと感じた。

「何人って、何が?」
「まぁ、女の数?」
「それほど多くないよ」
「なにっ、じゃぁ普通にヤっちゃってるの?」

 頭が悪い日本語だな。普通にって何が普通なんだよ。
 面倒を回避したいと「うん普通」と答えたのに、「手当たり次第なわけ?」とくる。挙げ足取りのようで話していて疲れる。

「別にそういうんじゃないし」
「でもいま女ん家に泊まり歩いてるって言ったじゃん」
「毎日って言ったっけ?」
「二日にいっぺん?」
「疲れるなお前ら」

 実家から出ようとその時に決めた。

「彼女がいれば泊めてもらうし、それは友達の家でも可、家具家電があれば。その中に女の家くらいあるだろって話だったけど」
「え、でもヤッちゃうんでしょ」
「コンディションによるだろ」
「じゃぁさじゃぁさ、私の家に来てって言ったら彼女がいようが来ちゃうわけ?真麻くんは」
「行くよ、別に」
「却って相手にされてねーんじゃね?」

 カトウ、ヤマザキ、どちらでもいいがミギワさんをそうからかって、ミギワさんも「そうだね〜」と平然として三人で笑いあえている、これに少しほっとするような、引っ掛かるような違和感。
 この環境を勿論「カオス」と感じている。

 女の数だけではなく、日常的な様々な瞬間の数に俺はこうして斜に構え、一応平然としていられる。
 澱んでいるわりには何も動かない、これが不感症というのだと自分でもわかる。高校生ほどそれに対して過敏でもない。

 昼休みもそんな当たり前で終わる、と男二人が先に去ったのを見計らってもまだ座っていたミギワさんと目が合うと、「ねぇ」だなんて声掛けられる。

 なんとなく経験上それは知っているけれど、非常にカオスだという延長線上だった。

「それって本当に“相手にしていない”なのかなあ」

 にやっと、はにかむように笑うミギワさんにやはり、わからないものだと思うのだけど。

「…この後講義は?」
「ないよ」
「ふぅん。家近いの?」
「2駅、下り」

 俺はその後の講義が1つ残っている。
 間一時間しか時間はない。

「…俺は一つ残ってるんだけど」
「そっか」
「一人暮し?」

 試すような目、それが何を意味する色なのかはわからない。
 ひとつシンプルな色として残るものは黒と白が混じり合う“灰色”でしかない。わかりやすくどちらも照らすような、そんな色。

「うん、そう。上京したばかりだから何もないけどね」

 何気ない会話、そこに隠された意味。けれどそれは混じっているからわかりやすい。

 椅子から立ちかけた俺はまた座り直して「そうなんだ」とだけ言って彼女を見つめるだけだったりする。

 この女がどう切り返してくるのか、面倒だから本当は話を振りたくない、けれど結末は普遍だろう。俺はどちらでもよかった。

 けれど面倒な事に、こちらが気のない素振りではその色がなんなのかと求められる事が多い。特に女は黒か白かをはっきりしたがる。男は大抵それに着いていく節がある、どれだけ女が色を求めたとしても。

 ミギワさんだって多分、そんな瞳の色をしている。

 苦手だな、俺は色弱だからそれを迷彩にばかりしてしまうんだよという苛立ちに「ミギワさん、なんとなく家綺麗そうだよね」なんて、不変で心底どうでも良い切り返し方をするのだ。

「うん、そうかもしれない」

 そして初めて人を招き入れたというそのミギワさんの部屋は、段ボールしかない殺風景なところだった。

 だけど彼女のいくつかの段ボールは当たり前に開いていて、俺たちは当たり前にセックスをした。

 何も変わらなかったけれどそれからあの大学生がカトウかサトウかヤマギワかヤマザキか曖昧になったまま集まることもなく、ミギワさんと俺が付き合うことはなかった。

 その時普遍だったのはミギワさんだけだったし、けれどどちらか、誰かから口を利いてもらえなくなった、それだけが俺の灰色な立ち位置になった。

 後にカトウとミギワさんがどこか端でキスしてたのを見たときに、俺はしたかな、とぼんやり眺めただけ。

 自分はEDかもしれないなと、それで思った。

 瞬間から、一人ですらいまいち抜けなくなっていた。何を見ても「結局はそこだよな」という、知り得たものしか浮かばなくなってしまったのだ。

 大人になるから刺激ばかりが過剰になっていくのか、だけどどちらかと言えば普通で良い。その景色を変えなければいい。
 それは酷く自分の居心地を悪くした。どうしてなのか、さっぱりわからないけれど。
 染まれば良いのか、色がわかれば良いのだろうかと、悩んでみたりもした。

 その頃俺はふと、いままでとは違う友人に出会った。

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