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家について「おーい、真冬ちゃーん」と南沢が言っても雨川は起きなかった。
それほどの睡魔が来るとは、最早自律神経もがばがばかもしれない。しかし仕方がない、突然の身体の変化。だが本当に突然なのか、少々南沢は気になった。
確か、雨川は潔癖症故にウェットティッシュを持っていたなと思い出し、南沢はソラに自宅の鍵を託し、「先に開けておいてくれ」と頼んだ。
二人きりになって、抱き起こすついでに南沢の興味を刺激する。
しかし下は憚られるなと南沢の頭を過り、自然と雨川のシャツのボタンを手に掛けた。
2、3個はずして漸く妙な、焦燥のような言い知れぬ感覚を得る。少し手を止め雨川の顔を眺めれば、薄い顔に浮かぶ額の汗となにか、苦しみを見て取る。
これは診察なんだよ雨川くんと、南沢は心の中で言い聞かせるも、ふとその手は雨川に掴まれ、また雨川の顔を確認すれば起きたての、しかし怪訝を示した表情で「…何してるんですか」と言われた。
急に焦った。
だが至極冷静を努め南沢は「診察です」と、普通な声色で静かに返答した。
「…流石に下はマズいよなと思ってさ。脇毛」
「…寝てるときにやるとか、背徳感沸かないんですかあんたは」
偉く挑戦的に敵意を滲ませるもどこか嘲笑じみていう雨川に、南沢の頭は真っ白になった。
雨川も少しは自棄だった。自分の身体に変化をもたらしたら、これか。お前のその背徳はなんだよと、手を払って自らシャツをはだけて綺麗な地肌の脇を見せた。
南沢の頭はまだまだ真っ白いまま、思わず「へ?」と言ったのが悪かった。
軽蔑の目で雨川は南沢を見て「最低っ、」と吐き、雨川はその場でシャツを着て後部座席を覗いた。
だからだった。
空いた首筋に顔を寄せる。驚愕に固まった雨川を見て己の行動に気付き、気まずく俯けば
「なんであんた…」
気まずそうなんだよと、より雨川としては空しくなるもので、「もういいです」と、意地になって南沢を軽く押し飛ばし、車を降りるも鈍痛に気付いた。
一瞬固まりつつ、慎重に歩き出してみて、「あんたんち、何階」と片言な、ソラが使うような日本語でぎこちなく振り向いた雨川に南沢は「ふっ、」笑ってしまった。
「君って素直じゃないよねぇ」
俺も素直じゃないけどな、と思いつつも「はいはいあっちね」と、車を閉めて雨川の隣、腰を抱くようにして歩けば「ぶっ殺すぞ変態」と言われてしまった。
しかし痛いのは事実。ヤンキーのようにそのにやにやした南沢の変態面を睨み上げて威嚇するのが雨川の最大だった。
そもそも何故休日にこんなことになったのか。雨川は今日、不機嫌だった。
しかし然り気無く雨川に気を使い南沢は歩調を緩めたりしている。それは要らぬ気遣い、んなのは彼女にやれよという気力がどうやら雨川にはない。7階マンション、の南沢の部屋まで行くのにそれから雨川は黙って従った。
扱いに慣れない南沢としては、それが最大限のエスコートだった。
二人とも互いにぎこちなさを抱えて感じているが、特に踏み入らない。後悔、自己嫌悪、その他のマイナスな物かもしれないが、だからこそこの簡素さは正直、丁度良いのかもしれないと互いに感じる。
南沢はそれをシンプルに切ないと感じるが、雨川は心地良い。
「雨川くん」
「…なんですか」
「いや…」
困ったことがあったら、
「…何かあったら言います」
ほっとした。
少し驚いた後に、急に嬉しそうに「あ、あぁ、うん、」と言う南沢に雨川は、
ちょろいもんだぜ。
と感じる。遊び慣れていない高校男子かよと思う。
意外にも南沢はたまにそう言う一面を見せる。そのわりに恋人は一定しないのが不思議だ。
いや、だからか。
あまりそれに関して干渉してきたことはないが、なんとなく雰囲気や噂などで把握するも、気付けば彼の恋人はすぐに去ってしまうようで。多分案外恋愛に無頓着で無関心な男なんだろうと雨川は勝手に南沢に対し思っている。
あ、
「南沢さん思い出したんですが、
去年ウチの中川《なかがわ》のラブレター仲介したじゃないですか、俺」
「あぁ、あったねぇ」
「3日で別れたやつね」
「うんそうね」
「中川がしばらくうるさかったんで覚えてるんですが、あんた中川に、「生物学的に情交をしようか」って初日に言ったらしいですね、片手にメンボー持って」
「そうだよ?」
「中川キレてましたよ」
「何故か喜多さんから叱咤を受けたから知ってるよ」
「なんかぁ…」
あんた罪の意識とかないのかよ、いや何に対しての罪って学者として、人間として罪だよ。
「あんた一回聞いとこうかなとか思ってんですけど、童貞?童貞じゃなかったとしたら何とヤっちゃったの」
「ちょ、止めなさいよ雨川くん」
「ソラは家でしょ?家入る前ならいいでしょ」
「…君、そっか」
社会不適合だったんだね。俺と一緒じゃん。
南沢が答えずにいれば「おい」だの「ねぇ」だの途端に言い始める。
痛くないのか?おい。痛くない波が来たのか?
ふざけ合いをしていたら自動でドアが開いた。というかソラが開けてくれた。
二人を見てにやぁ。「ラブラブしてるね」とソラに言われて二人で俯き、雨川は南沢の足を踏んで叱責した。
「痛ぇっ、」と南沢が踞ってる隙に扉は雨川だけを引き入れ閉まった。鍵が掛けられる音に、南沢は仕方なく持っていた合鍵でドアを開ける。
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