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何故だか知らんがバレているかも。
雨川はやり場なくして俯いたが、動揺したのは南沢も同じだ。
だが冷静になろう。
まず座りたい。
まずは諭そう。
互いに一息吐いて俯きながら座席に戻る雨川、顔が見れない南沢。
しかし南沢が先に発する。
「正直に、」
と。
雨川は顔を上げることなく頷いた。
「…ちょっと前から予兆、あった?」
「いや…」
「俺はなんとなく気付いてたよ雨川くん」
複雑だ。
しかしなんだか泣きそうだ。
「…気持ち悪い」
自分が凄く。
「雨川くん…」
「気持ち悪い、自分が」
「…そうかもしれないけど」
結局自分は。
「なんで、」
どうしようもなく嫌になってきた。これじゃぁ、自分が信じてきた命はなんなんだ。
『最高だな真冬』
あの日に。
「あっ、」
記憶が交差して頭が痛くなる。
『可愛いよ』と耳元で言われて、力強く、腕を取られてソファで、撫でられた首筋とそこに伸ばされた手のしつこさに嫌悪を抱く間もなく痛みを伴ったそれに。
血が出て、そして。
『最高だな』
忘れかけていた8歳に。
「うあぁぁっ…!」
頭を抱えて発狂し始めた雨川の声にソラが後ろで驚いて起きた。
瞬時に南沢は、雨川の心の底を理解した。
「雨川くん、落ち着こう」
「痛い、やだぁっ!」
引き裂かれそうに心が痛む。
「雨川くん、大丈夫だから」
『大丈夫だよ真冬』
「痛いっ、やめて、」
「雨川くん、」
肩を掴んだ。強引にシートへ半身を押さえつけ、「夏江だ雨川!」と、考えた固有名詞を怒鳴るように言って制するしか、南沢に手はなかった。
雨川真冬は、目の前で泣いていた。だが、顔が見えてもう一呼吸し、「雨川くん」と、圧し殺したように名前を呼んだ。
「…大丈夫か雨川」
その声の低さに、「へ…?」と、漸く我に帰る雨川は「は?」と、自分の涙を訳もわからず拭ってみて、なんとなく把握した。
またフラッシュバックしてしまったようだ。なにか、嫌なことを。
「マフユちゃん、大丈夫?」
後ろからソラが雨川を覗き込み、シート越しに肩に抱きついてきた。
「マフユちゃん、泣かないで、」
そして涙を拭ってくれる小さな手を取り雨川は頬に当て、「ごめんソラ…」謝罪した。
「落ち着いたね雨川くん」
「…すみません動揺してしまって」
「…うん」
その混乱には、南沢は覚えがある。
だからこそ言えない自分がいる。今はもう、この世に存在しない影のはずが、南沢にも、何より雨川に重く差して鋭利な痛みを与え続けている。
雨川真冬は過去に、南沢真夏《みなざわまなつ》という、学者の息子に乱暴されたことがある。
まだ雨川が幼い頃だった。
それから時が、たまにこうして止まってしまうことがある。
無論その事実を南沢は承知しているが、雨川はそれを覚えていない、と言うより彼は事実を消し去って生きてきたのだ、あれから20年も。
南沢真夏は南沢夏江の兄だった男なのだ。
「…帰ろう、雨川くん」
「…どこへ」
「近いから俺の家でいい?綺麗だからさ」
「…腹痛い」
「わかった。取り敢えず行くよ。
俺ん家、薬ならたくさんあるから鎮痛剤をあげるよ雨川くん」
そう言って哀しそうに笑う南沢の心理は雨川にはわからなかった。
「…あと、」
「なに?」
「眠いんです、南沢さん」
「寝ていいよ。俺ん家ふっかふかの高級ベットだから」
「あれ凄いんだよマフユちゃん」
「うん…」
言ってるうちに珍しくも、途端に目を閉じた雨川を見て、ソラと南沢は顔を見合わせた。
「…ソラも。
身体に何かあったら俺にちゃんと言うんだよ」
「なにかー?」
「うーん、そうだなぁ、股間が痛くなったら」
「ナニソレ」
「うーん、そうだよねぇ。まずは毛が生えたらかな」
「んー?」
ホントにいきなりくるんだな。
さぁ果たして何故か。これは研究すべきだがまずは、雨川のことを考えて見なければならない。
やはりソラの影響なのだろうか。多分それが妥当だ。
ミナミヌマエビの混在を思い出した。このエビはすぐにヌマエビ目と交尾し、雑種となってしまうエビだ。それほどの繁殖力を持っている。
自分が何者か、相手が何者かわからないからそうすることがある。単にフェロモンで雄か雌か、子孫を残せるかを判別するのだ。
彼等は消してエビではないが、両性具有だ。それぞれ当たり前ながら種があるわけで。ならばソラにも男性化が起こると考えるのが普通だ。それは最早己の意思でなく身体の問題だ。
正直南沢はこれが正しいかわからない。
どこかでこうなるとわかっていたからだ。それは己を見つめ直させる意図だってあったが、目の前にすればショックだったのは何より南沢自身だった。
どうしても自分も過去を引っ張り出す羽目になった。それではっきりする。
自分は興味を越えて、雨川に対し感情があると。
それで少しは満足するのも本当は忌々しい。そんな形でしかあの男、兄を越えられないのかと。
愛情、それは果たして証明になると言えるか。しかしあの男が持っていなかった物であることは事実だ。
こんな証明の仕方しか出来ない己を、恥じた。人間的でないのはなにより、自分かもしれない。
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