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 雨川はケータイを持ちながらキャベツを千切りにしなければとリビングに再び向かい「南沢さん?」と、わかってはいるが尋ねてしまう。

『ああはい、南沢さんです。えっと、ソラが熱を出したと聞きました』
「あぁはい」
『取り敢えずえっと…いま研究室なんですが伺うべきですか?』
「あ、教授に引き取れって言われたんですね」

 いや、話ながら千切りは無理だなと、冷蔵庫に寄り掛かりながら雨川は話すことにした。

『えぇまぁはい…。君が休みたいと言い出した原因が俺の子供だこのダメ男めと、神崎教授が直々に研究室にお出ましいただきまして…』

 喜多やらの顔が浮かんだ。それは非常に居心地が悪い誤解だっただろう。

『君はなんだか明日からご用事だと聞いて、どうにかしろと』
「貴方はどうやら神崎教授から嫌われてますね。何したんですか?まぁいいんですけど。
 ソラが8度台なんで、病院に連れていこうか、保険証があるのかもわからないのですが」
『あー…。保険証はないなぁ、どうしよう。38°か…。風邪?』
「多分。熱いです」
『んー…、帰りとかまで持ちそうかな?風邪薬ある?いつから?』
「あるにはあるんですが使用期限が切れているかもしれません。まぁ、それは買ってくるとして…いつからか、朝起きてからですね。まずは風邪薬を飲ませて寝かせればいいでしょうか」
『そうだねぇ…。ヤバそうだったら一回連れてきて。俺が責任を持って診るから。ケータイも気にするようにする。あと昼頃連絡します』
「わかりました。神崎教授へは俺から連絡を」
『いや、いま隣にいるから大丈夫。君も風邪には気をつけて。
 あ、今日は休んでいいらしいです、ハイ』

 やるなぁ神崎教授。というか余程だな。
 電話は切れた。
 考えてみれば先程の会話全て、本当に「勝手に産ませておいてテキトーに放っておいているダメ男と騙されている愛人」じゃないかと、雨川は溜め息を着いた。概ねあっているが、わりと間違っている。

 神崎教授は雨川の両性具有説を知っている。ちょくちょく雨川を、研究だと呼び出す南沢をよく思っていなかったのかもしれない。
 というか、実は要らぬ誤解をしているのではないか。

 より溜め息が出そうだ。
 しかしもう仕方がない。まな板の上に乗ったキャベツを眺め、作るか、とまた作業を始める。

 結局千切りはうまくいかなかった。多分ざく切りというやつだと、太いキャベツを苦笑の思いで端に寄せながら、豆腐をパックから出そうとするも、包装がうまく破けずに包丁を入れる

 これも洗うべきかわからないが多分しばらく置いた水は不衛生だ、そうかこんなものを食っていたのかと洗い、正方形に近い豆腐を縦横十字に切って、それぞれ野菜を小皿に2つ盛ろうとした。どうしても余りそうなので大皿に盛り付ける。

 酷く不格好になってしまったなと、最後のコーンまで洗って乗せ、「ソラ、出来たよ」と呼んで起こした。

 起きてちらっと覗くソラが「たくさんだね」と目を丸くするのだから「ははは…」と笑うしかない。

「…食べられる?食欲はある?」
「食べる、たくさん」

 素直にそう言ってリビングの椅子についてくれるが、やはりキャベツは「おっきいね!」と無邪気に言われてしまう。

 ドレッシングはゴマにした。
 二人で手を合わせてそれからしばらくもくもくとでサラダを片付けることにした。

 いつも、料理をするソラに「ソラは凄いねぇ…」と感心する。

「ん?」
「いつもご飯作ってくれるでしょ」
「うん」
「南沢さんに教わったの?」
「ふん」
「…おいしい?」
「おいひい」

 そして鼻は詰まっているらしい。味は本当にするんだろうか。

「…ソラ、鼻詰まってる?」
「ハナツマッテふ?」
「鼻水で息とかしにくいかな?」
「ふん…」

 風邪薬、鼻炎とかの方がいいだろうか。総合しかないかもしれない。そもそも使用期限が過ぎているかもしれないんだった。

「…食べたらお薬を飲もう。寒くない?」
「はむい」
「やっぱり風邪だね。お薬飲んだら寝ようね」
「はーひ」

 むしゃむしゃと野菜を食べるソラはウサギのようだ。
 案外、サラダであれば大皿でもすぐに消費できた。少し足りないくらいだなと思いながら「ごちそうさまでした」をし、雨川はまず押し入れの救急箱から風邪薬を引っ張り出した。やはり去年で切れている。

 氷枕も冷えピタもないし、薬局に行くしかないなとソラを寝かしつけようとするが、呼吸が苦しそうで、ぼーっとはしているが眠れなそうだ。

「…ソラ、ごめんね、お薬と冷えピタを買ってくるよ」
「うむぅ、」

 だがソラが自分にしがみつき、「いま?」と物寂しそうにするのだから、困ったものだ。

「ソラ、死んじゃう?」
「大丈夫、お薬と冷えピタがあれば」
「でも…」
「それがないと死んじゃうかもしれないから、急いで買ってくるよ」
「なんびょう?」

 南沢一体どれだけせっかちに育てているんだよと思いつつテキトーに「365秒くらい」と答えるが、「6分0833333くらい…?」と即答で帰ってくるのに驚いた。

「え、何凄くない?」
「んー?」
「…計算早いねぇ」
「ナツエじゃんにほ言われた」

 これはもしかして凄い才能なんじゃないか、と、雨川は更に当てずっぽうに「じゃぁ×3÷2+31」と言い残し、考え始めたソラにごめん、と心のなかで言っては家を出ようと支度をするが、いざ家を出ようとしたときに「40.125」と帰ってきたのに苦笑した。

「…わかった、5分で帰ってくるね」
「ん〜…」

 寂しそうなソラに「すぐだよ」と言い残して家を出る。

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