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「もしもし、ソラちゃん?」

 南沢が電話に出た瞬間、「ナツエ!」と言う電話の向こうと「ソラ!」という真隣がリンクしてしまい何も聞き取れなくなってしまった。

「いっ゛」

 急に起き上がりどうやら腰が痛かったらしい雨川は身体を折って悶え始めるし『ナツエ!マフユちゃんがいない!』と電話越しがパニックだし、俺としたことが迂闊だったよと南沢は溜め息を吐きたくなった。

「あぁ、ソラちゃん?マフユちゃんは俺といるよ。
 雨川くんいつから起きてたんだい君は」

 ぜーはーして睨む雨川と『あらそうなんデスネ!』とはしゃぐソラと。君たちのいまの低気圧と高気圧がゲリラ雷雨を起こしている、俺でもわかるよと、南沢はまた溜め息を殺すことにした。

「…か、替わって南沢さん」

 伸びない手を弱々しく伸ばす雨川に「はい」と南沢はケータイを渡して眺めることにした。

「もしもしぃ…ソラぁ?朝ご飯は食べましたか?
 あぁ俺ですか?だいじょーぶ…死ぬほど元気だよぅ、え?いやいやいま南沢さんに殴られて痛いだけ〜…ははー、ごめんねー…」

 さらっと俺を子供に売っ払いやがったなこいつ。これは君の家からソラを迎えに行けば「何してんのよナツエ!」とばかすか殴られるじゃないか。子供とはいえ日本人なら推定15歳くらい、しかも(男性)だなんて、あの子自覚ないけど痛いんだからね雨川くん。
 しかし、まぁ。

「うん、すぐ帰るね…。あ、南沢さん家に多分…4日くらいお世話になるから荷物を用意して欲しいなぁ。
 ありがとう」

 楽しそうに話すものだなぁ。
 と言うかそこから起きていただなんて末恐ろしいな雨川くんと、南沢は切ったケータイを受け取った。

「…人が悪いなぁ雨川くん」
「…あんたもだよね全く。なんで26日までなんですか」
「来た?」
「は?」
「来る?」
「いや…」
「じゃぁ行こうか立てる?」
「…立てますけど」

 はい、と南沢が手を借せば雨川はそれは借りずに立ち上がる。下っ腹は押さえていないなと観測をし諦めて南沢は帰宅の支度を始める。

 ハンガーに掛けてやっていたコートも雨川に渡し、「じゃぁ望遠鏡だね」と振り向いたら腰をポンポン、髪を掛けた首筋は寒そうだ。

 そうだ、どうせ問診をすっぽかされてしまうのだし、一月分くらいは薬を持って行こうと薬棚を漁ることにしたのだが「26まではあんた、いるんでしょ」と雨川が言った。

「ん?」
「それくらいまでには…来るんでしょ?露骨に腰痛いし」
「うん…まぁそうだろうね」
「最近頭も痛かった」
「…随分素直だね雨川くん」
「まぁそうですね。死ぬのは嫌ですが死なないんでしょ?」
「…と、言うと…」

 色々よぎってしまう。それは、どう言うことなのかと。

「あんたん家いれば薬持ってかなくてもいいんじゃないかって。望遠鏡も|赤道儀《せきどうぎ》も重いしあれ不味いし」
「そうだろうけど」
「心配してるなら言っときますけど、ちゃんとすっぽかさずにまめに、行きますのでそんなにいりませんよ」
「え、」

 じわりじわりと浸透してくる。
 薬棚を開けたまま俯いて考えてしまった。じわりじわりと。

「…どこから聞いてた?」
「先程の話ですか?うーん、うつらうつらなんですよね」
「あぁ、」

 雲のようだなぁ。
 けど、まぁ。

「わかったよ」

 にやけてしまった。
 
 「なんですか気持ち悪い」と言う雨川も、迷って、けど衝動はどうしようもなく、潔癖もどうせ忘れちゃってるんだと頭をわしゃわしゃ撫でてしまった。それだけじゃ飽きたらず自分のマフラーを巻いてやったし、問診の時用のブランケット的なヤツも手に取ってしまった。

 「汚いよ色々!」と突っ込む雨川に「寒さには勝てないよ」と早りつつ、けれども歩みに慎重に合わせながら南沢と雨川は研究室を出ていく。

 ちらっと隣の、喜多用問診室に出向こうかと考えたが、まぁ俺はそれどころじゃないし察したでしょと特に挨拶もしなかった。

 それから南の研究室に向かい、天体望遠鏡の解体作業をした。

 まぁ、結局雨川は、

「弄らないでください壊れるんで」

 と、南沢を荷物持ちとして取り扱ったが、それはそれで彼氏みたいだと堪らなかった。

 大切な大切な物を預けられた俺、でも凄く重い。腰が痛いからと本気で三脚と望遠鏡を繋いでいた部品、以外を全部預けやがった君。その部品だけは何故持つの。よくわからないけど堪らなく愛しい。

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