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「まぁ、なんかわかりました。てっきり雨川くんが俺に無理矢理研究に付き合わされてると思って教授がここへ殴り込みに来たのかと身構えました」
「あ、いやそれもあ」
「我々…いや、俺の研究はホルモンだとか、あとは生物の環境だとか、そんな感じですよ。最近雨川くんの具合がよろしくないのは多分、ホルモンバランス崩しまくりみたいでして」
「おい、」
「頭痛い〜とかダルい〜って言い出したら…まぁ雨川は言わないんでしょうけど、もしそんなことがあったら俺にお電話をください」
「は?」
「ほら神崎教授、連絡先交換なんてどうです?」
「むむっ」

 沈黙した。
 南沢の笑顔の裏が神崎には読めなかったが、ケータイの使い方を最近覚えたなとぼんやりと思う。

 流石だ南沢、度を越しズレた変態はやることなすことが強引だ、僕なんておじいちゃんをここに連れてくる以外の対処が出来なかったのにと喜多は少し南沢を見直した。ただの童貞ではない、立証出来るくらいにこの人は頭がおかしいんだと関心。

 まぁ、なんとなく気持ちは、わかるのだけど。

 言われるままにケータイを取り出し「どれどれ?」「はいこれ」と親子のようにやり始めた神崎、南沢、それにいまだ目覚めず「うぅ…」と唸っている雨川への介入をやめようと喜多は見守るばかりで、それぞれがヘタクソと半ば微笑ましい限りだった。僕は一体この場のなんなんだ、空気だなと息を潜める。

 南沢はそこで雨川宅からの不在着信に気が付いた。

 空気となり下がった喜多はそれから「では、また」と、あろうことか天文学の教授を追い返す腹づもりの南沢に従うことにし、ケータイを弄りながら歩く神崎教授の肩を掴んで出て行ってしまった。

 再び一人になった南沢は早速、ソラだろう雨川の家に電話を掛けたが出なかった。

 ふぅ、とケータイを持ったまま南沢は漸く一人、考える。

 神崎を師とし下についた雨川はやはり、これについて言い出せなかったのだろうか。実はウチの教授は神崎に話したのだろうか。

 いずれにしても環境が整っていないのは事実だ。女性でも夜勤なんて、研究が詰まれば当たり前なのだが、雨川の性の成長は思春期並だ。ある意味若く幼い。

 どう理解しろというのも単純ではないな、と、またパソコンに向かいカチャカチャと始めるが、やはりずっと寝ている雨川をぼんやり眺めてしまうのだ。

 この研究はまとめたところで公表の場が恐らくはない。宇宙と同じくらいに確証は得られないかもしれない。
 霧闇の方が、もしかするといい。

 実のところ、雨川が天文学を始めた明確な理由すら見つけることが出来なかった。これはきっと脳科学、雨川の実の父親の影響だとか、そんな真相心理なのかもしれない。

 そのまま、捻れたまま忘れてくれたらいいのに、そうだよ兄は君が思うように天文学者…それも癪だな。俺は何を追いかけて掘り返しているのだろうか。

 いやいや、これは必要だ。なんせ雨川は知らなければ死んじゃうじゃないと利己で塗り替える。実際そうだ。兄を塗り替えようだとか、そんな問題でもない。

 さて今日のカルテだと向かおうとしたときにまたドアが開いた。喜多が今度は一人で何故か再び現れた。

「…あ、すみません。ありがとうございました」
「真冬ちゃんの顔眺めてたんですか南沢さん」

 あーウザイウザイ。

 ぷっつり自己顕示が切れる。漸く集中出来そうだとパソコンに向き直ったが一応、「話し込みましたね」と問いかけに似た言葉を喜多に掛けることにする。

 意外と濁っているようだ。

「神崎教授、暇みたいでしたよ」
「でしょうね」
「追い返しちゃぁ可哀想に。
 今日は真冬ちゃん、ずっとここに」
「わかんないんですよねぇ」

 雑音のような頭の中でも、なんでこの一言が溜め息のように出てしまったのかなと「なにがですか?」という喜多の言葉に少し息を呑むような気になり。
 言うかな。
 開き直って出すかな、ミジンコのような小ささでも端が出て行ったのだしと、

「言っていいものかと」

 素直に答えた。

「…まぁ、神崎教授からしたら真冬ちゃんは孫みたいなもんでしょうしね」
「ご家族、としたら。環境ってそうやって作るんですかね」

 あんたと俺が論じてもミジンコほど意味ないんだけどね。

「さぁ…。僕も上手く作れた試しがないのは南沢さんも充分承知ですよね」
「同じこと思いましたよ、嫌だなぁ」
「まぁあれだけ心配されちゃうと良心が痛むのもわかりますよ。多分真冬ちゃん、話してないでしょうからね。
 南沢さん真冬ちゃんの生理の日とかどうするんですか?貴方の理屈じゃ負荷が凄いでしょ。慣れてないだろうし。女性だって、まぁ僕らには皆無ですけど普通に立ってるの辛かったり、貧血って言う人いますよね」
「そこなんですよね〜…。予兆は多分こうやって爆睡ぶっこくとか、腰が痛そ〜とか、俺が見てるとあるんですけど」
「予測不能だから側に置きたいところですねぇ?」

 何故だか喜多がにやっと笑った。
 気持ち悪い笑顔だね、優男の癖にホントに気持ち悪い。

「神崎教授が「南沢くんはなんだか…」って説明がつかなそうでしたよ」
「えっ、なにが」
「ストーカーのようだったって。ここ最近毎日」
「…それは神崎教授も…」
「はは、そうですね。愛されてるなぁ真冬ちゃん」

 僕は独身貴族なんでと言い残し、喜多はどうやらここを去ることにしたようだ。
 理解者なのかただただ八方美人なのか、いまいち掴めないヤツだなぁと思っていれば、どうやらソラからまた着信が入った。

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