10
流星の吸収力は、最早スポンジ、いや、海綿のようだと熱海は感心した。
二日目には、あれほど手を焼いていた操縦機を、初心者並みではあるが一通り覚え、薄らと戦術の端っこを掴んでいた。
最終日の三日目、取り敢えず軽く応用として第二次世界大戦の海上戦術をレクチャー。
「戦術さえわかればまぁ、上出来だよ」
艦長も感心。熱海もまさかここまで効率的に覚えが良いとは思っておらず、感心した。
「才能って、凄いものですね」
流星としては、最早意地も少しはあったが、何より興味が持てたのが幸いしたのだ。
「本気で卒業させたいレベルですが…君はどうやら、この後警察学校に行くらしいですね」
「うん」
「…つまんないでしょうねぇ、ここよりは」
「まぁ、それも勉強。
熱海さん」
「はい?なんでしょう」
流星が船のコックピットで操縦機から顔を上げ、熱海に少し、笑う。
あぁそうか。
彼、笑うと少し、緩むんだなぁ。空気がなんか。
「最後にさ、ちょっと海見てみたい。
俺実は、船って乗ったことないんだ」
「…あぁ、なんだ。
良いですよ。船酔いして最悪かもしれませんけど」
その熱海の心配は的中した。
前半の流星は大体は吐いていた。
「あー、言わんこっちゃない…」
艦長も呆れつつ流星を介抱した。
しかし2時間。
後半三十分くらいにはどうにか治まり、慣れた。
「あー、海は嫌いかも」
「そうですか、残念ですねぇ」
「けど広いや」
「まぁ、そうでしょうね」
停めた船の上に仰向けで寝転びながら流星は青空を眺めた。どこで見ても、変わらないものだ。
「似てる」
「ん?」
「海と空。似てるから、大丈夫かなって思ったけど、船はダメらしい」
「…ふっ、そうですね」
試しに熱海は、自分も寝転んでみた。
忘れもしない、濁った曇り空の下の海。この景色は、好きではなかった。
「僕も、嫌いですよ。海なんてものは」
「…なんで海軍になったの?」
「さぁ。けど、理由は簡単なんでしょうね。船が好きだったとか、そーゆー。
恩師を送り届けたとか、多分そんな小さな理由です」
潜水艦に沈んだあの日。
一度で良い、死んでおけばよかったのだけど。
「一度沈んで見た空が、こんなんでした。信じられなかったなぁ。でもなんか、水の中と変わらないような気もしてね。確かに違うのは、地に足ついてるんですよ。それがなんか違和感があってね」
「あぁ、一回死んでみたってやつか」
そう言う流星はなんだか、不謹慎なことを言うわりにどこか嬉しそうで。
「俺も一回死んでみたよ。多分そーゆーことなんだ」
「あら、若いのに大変ですね」
「…恩師、かぁ」
「君にとって、恩師っていますか?」
「いない。
けど…ヒーローならいる。多分樹実だ。樹実がいなかったらここに俺はいないから」
「…なるほどねぇ」
「だってさ、ある日突然全部がなくなったと思ったら、サブマシンガン背負ったヤツが現れるんだよ?凄いよな」
「…そうですか」
嬉しそうに語る青年の邪気の無さは、果てしなく、広く青かった。
「そんとき言われた。『一回死ぬっていいもんだろ』って」
「へぇ…」
あの人が、そんなことを言うのか。
「樹実…」
生まれ変わって、そして彼は。
何かを見つけたのだろうか。
多分、見つけたのだろう。
「そういえばさ」
「はい?」
「雨って、いいね」
「あぁ、そうですか。
個人的にはあまり好きじゃないんですけど。ただまぁ、似合っている気もします」
「名は体を表すだ。
俺も自分の名前、なんか違和感あるけど、なんか、心地いい気もする。ただ…」
「ただ?」
日本では、吉兆。人によっては、吉兆。
自分が育ったところでは多分違かった。
「樹実にしてはセンスあるよね」
そう笑う青年は。
やっぱりどこか、昔の面影を見るようで。
「そうですね、流星くん」
いつかまた、会う日があれば。
彼の未来を考えてみた。彼らの、未来を。
少なくとも、自分達とは違う道を行って欲しいと、柄にもなく熱海は素直にそう思った。
- 118 -
*前次#
ページ: