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「ユミル、俺はなぁ」

だからこそこちらも。

「今更そんなことわかってんだよ誰よりも。だから引き返さない。警視庁捜査立ち退き?上等じゃねぇかあの自殺願望野郎。
 だがあいつは俺がこうなることもわかっているだろう。だからだ」
「そうだろうね」

ユミル、お前は知らない。
お前ら皆知らないかもしれないが俺はこの戦いでどれだけを失ったと思ってる。

「まぁわかった。時間稼ぎしてあげるから引っ越ししといてネー。僕そーゆーの出来ないし」
「わかった」
「まぁ捜査資料はあっちで読むヨー。潤ちゃんの仕事もやんなきゃねぇ」

 そうこいつから言ってくれるとは思いもしなかった。

「面白そうだしいっちょやってやります」
「…ありがとう」
「No,No,No.そゆときは」
「Thanks」
「OK!」

 なんだかんだでこいつ、良いヤツだなぁ。

「あ、引っ越し終わったら潤ちゃんとこ連れてってネーリュウ」

 それだけ言うとユミルは、部署からバックひとつで出て行った。
 ユミルは去り際に俺のポケットに然り気無く何かを入れた。恐らくは紙だ。

片手をあげて去り行く背中。
アデュースみたいな。

「案外あの人、話通じるんですね」

 言い出しっぺの慧さんが一言漏らす。

「まぁ、はい」
「独創的ですけどね」

その独創性がとんでもない戦術に繋がるんだが。

さて、では引っ越しを開始しよう。

 部署の面々は取り敢えずバラバラに、裏口を使って荷物を搬入する作戦に出る。
 なんとなくは俺と伊緒とマトリ(政宗を含む)、あとは警視庁組といった感じで分かれる。
 とは言っても荷物などそれぞれ段ボール一つづつくらい。積むことが出来た。

 俺が最後に警視庁を出ると、物陰から一人、鞄一つ持った見慣れない男が寄ってきた。
 恐らくは30半ばくらい。うざったい茶髪でジーパンとパーカーというラフな格好をした男だった。怪しい。怪しすぎる。

「あのぅ」
「はい、なんでしょう」
「元FBIの壽美田さんでいらっしゃいますか?」

なんだこいつ。

 男をマジマジと見れば、男はにやにやとした表情で距離を詰めてくる。

「違います。誰ですかあんた」

 段ボールを荷台に乗せ、助手席に向かうも、男は俺にすり寄ってくる。

「フリージャーナリストの杉浦《すぎうら》と申します」
「はぁ、そうですか。警視庁の入り口ならここじゃないですよ」
「はい。貴方をお待ちしておりました」
「はぁ、でも違うんですよ。すみませんが忙しいので」
「部署の移動ですよね、厚労省へ」

うぜぇなぁ。

「いえ。では」
「ちょっと待ってください」

 助手席の扉を開けると右腕を捕まれ制された。反射的に、はらってしまった。

「なんでしょう」
「あ、やっぱり右利きなんですね」
「は?」
「いやぁとある人から聞き及びまして。貴方右利きで、やけに右手に過剰にこう、反応すると」
「あ?」

誰だよ。

「お聞きしたいことがあるのですが」
「なんですか」
「先日の…。長官暗殺について追っていまして」
「は?」

そっち?

「いやぁ、なんでもその壽美田さんって方の部下の方がその件で今、警官病院の202号室に入院しているとか、いないとか」
「へぇ」
「貴方、ご存じですか?」

なんかなあ。
うぜぇな、撃ち殺したい。

「別に」
「はぁ、そうですかすみません。
 いやぁ、写真があんたそっくりだったんで、貴方かと思ったんですが。貴方いい顔してるし、あんまり間違えないと思ったんだけど」
「では」
「ホントに違います?」
「しつこいな。公務執行妨害という言葉をご存じですか?悪いが先を急いでいる」

 助手席に今度こそ乗り込み、俺は運転席にいた政宗に頷いて合図をする。車はそのまま走り出した。

「あったあった」

 後部座席から音がして、諒斗がケータイを渡してきた。
 ケータイのワンセグはニュースを映している。ユミルが、アイドルさながらの笑顔でフラッシュを浴びてハンドリアクション。

『Excuse me, do you have an interpreter?
(すみません、通訳の方はいらっしゃいますか?)
I don't quite understand what you are talking about.
(何言ってっかよくわかんない)』

 思わず吹き出してしまった。

「何あの人…」
「白人特権むっちゃ使ってやがる」

 テレビの中で声がした。その方にユミルは耳を傾ける。

『If it's okay with me.
(私でよろしければ)
I would like to ask about the problems of the Metropolitan Police Department this time.
(今回の警視庁の問題についてお聞きしたいのですが)』

「ヤバイぞユミル」
「さぁどうする」

 テレビの中のユミル、眉を潜め、
『If possible, I need your help in French. I don't know what he is saying.』と両手を広げて首を傾げた。

 俺が吹き出すと政宗が、「リュウセイ翻訳」と言うので、「出来ればフランス語でお願い出来る?マジ何言ってっかわかんねぇしだってさ…」と笑いながら答えると、車内が爆笑。

『Bien s*r. Je voudrais poser des questions sur le probl*me de la police.
(かしこまりました。
今回の警視庁の問題についてお尋ねしたいのですが)』

「うわぁ」
「ヤバイぞユミル」

 やつの答えは。

『よくワカラナーい』

終わった。

 政宗は思わずハンドルに突っ伏してしまった。危ない。

 おどけて言うユミルは確かに、なんと言うか日本人のマダムとか若いねぇちゃんとかに好かれそうな、無駄に笑顔が似合うタイプのあっさりなハーフ顔。メディア受けはいいかもしれない。

 しかし、それは一瞬にして事情が変わってしまった。

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