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テレビの向こうで、ユミルがどこか、報道陣だろうか、奥を見たような気がした。
何かに驚いている様子だった。
「あっ、」
画面が、揺れた。
そして現場の騒がしい雰囲気と、足音と、画面が途切れ、中継からテレビ局へ画面が変わった。
わずか30秒たらずの放送事故。思わず釘付けになり、別のニュース番組を見ると、同じような状態。
何だ、何が。
「なんだこれ…」
すぐさまユミルに電話をする。
1コールで繋がった。
「おいユミル?」
しかし待ってもユミルの声がしない。
代わりに聞こえてきたのは、雑踏のような聞き取れない音声。唯一近く感じた怒声のような叫びは、恐らく、声の高さがユミルの物だ。
「どうした、」
「…多分、生きてはいますね」
「は?」
取り敢えず電話を切った。
高田にすぐさま電話を入れる。
『おい、壽美田』
「はい。ユミルの件です。大至急捜査員の派遣をお願いします」
『…何があった。まぁ悠長に話してる場合じゃないが生存を』
「生きてはいるようです。いや引っ越ししてたんですけど…どうもマスコミが入り口で張っていたようで」
「流星。
さっきの記者、多分つけてきてるぞ」
やはりか。
『記者?』
「ええ。なんか変なジャーナリスト?に裏口で声かけられて」
『んな、てことは』
「は?」
『いや。
つまり千種がマスコミ引っ張ってる間になんとか出ようとしたわけか』
「はい」
『だとしたらお前、やらかしたな』
「え?」
『いや、でもまぁ…どちらとも言えないが…多分千種が死ぬことはない。なんせ、現場には|山下《やました》がいる。ただ、一気に山下は足場が怪しくなったな。
千種が死んだら恐らく山下は黒。あそこに立つのはどちらかと言えばお前であるべきだったな』
「え?なに?」
『取り敢えずニュースから目を離すよ。多分、もうワンアクションあるだろう。
お前、エレボスの一番最初の要求、覚えてないのか?』
一番最初の要求?
何を言ってるんだ一体。
どこの記憶を引っ張り出してきたらいい?
ケータイを力なく切った。
しばらく、ニュースをぼんやり眺めているが何事も変化はない。
恐らくこのニュースの時間では、何も変化はないだろう。
「…わかんねぇ」
「何がだ」
「…ここでユミルが死んだら、高田は、祥真が黒だと言った。それがわからない。何故、」
「まぁ…。正直、あいつ怪しいと言えば怪しいよな」
「だが理由がない。アイツがそれをする理由が」
「流星、それを言っちまったら、やつらの目的も、…樹実の目的ですら、わかっていない」
「…まぁ、」
まだまだ俺たちは何一つ。
7年もずっと進んでいない。
「あー、くそっ…!」
タバコに荒々しく火をつける。最早不安とか、焦りは通り越した。嫌なくらいに悔しくてイライラする。
「取り敢えず引っ越しだ。そしたらどうする?潤は俺が迎えに行くか?」
そうだ。
忘れていた。
「今日退院か」
「そうだよ」
本当にアイツの生命力といったらスゴい。
「いや…うーん…。
俺が現場に戻るとしたら、政宗は部署にいた方が…」
「流星、こいつら、そんなにバカじゃないだろう?」
ふと政宗が、後ろを見るように視線を動かす。俺が後部座席を覗きこめば、諒斗が頷き、愛欄も静かに、しかし力ある瞳で見返してくれていた。
「そっか…」
「という訳で。
潤はどうする?流石に手伝わせるのは腹の傷が開いたりしねぇかあいつ」
「あぁ…どうかなぁ。でもあいつもまた怪物だからなぁ。
昨日も行ったら屋上でタバコ吸ってたしなぁ。案外ぴんぴんしてんだよなぁ」
「うわぁあの野郎。あんなに血のっ気失って真っ白な顔してても血気盛んか。どうしょーもねぇ」
ホントだわ。
「てか今更なんですけど」
ふと諒斗が言った。
くるなこれは。
「あの人どうしたんですか一体」
「んー…。
あそっか、諒斗はわりとアイツのヤバさと言うか性癖をご存知か」
「ダイレクトで聞いてたもんな、ホストクラブで」
「いやぁ…」
俯いてしまった。
察しろ。つまりそういうことだ。
「え、そんな感じですか?」
「お前度胸あるよな無駄に。
そうだよ。しかも件の警視庁官だよ」
「え、」
そりゃぁまぁ。
「何故?」
そうなりますよね。
「なんか掴んだっぽいけど。
あ、政宗、言い忘れてました。で、あいつ結局押収したヤクをどっかにやっちまったって昨日言ってましたよ」
「はぁ!?」
「うん」
「は?何?あいつバカなの?」
「それは前からでしょ。でもまぁ…、珍しいヘマが、あったもんだ」
それはそれはとてつもなく作意を感じる不自然なヘマがなぁ。
「これじゃぁただぶっ刺されて終わっちまったな」
「でもまぁいずれ…。本当に繋がっていたら辿り着く。
長官のDNAからはヤクが検出されている。いずれにせよ厚労省、麻薬取締官の管轄だ。
ただウチは国勢調査の管轄にも入っちまったからな。事態がどう動くかはわからん。しかしまぁ、いざってときの権限発令はあんたの権限だ、いまや」
「なるほどな」
「ただ、ここに曲者が介入している。ここからは時間もあまりない。
あくまで俺は、俺がやれる捜査をする。それぞれがそうして一つずつ潰していくしかない。現状、特本部は逆境に立った。しかしこれもまた好機だ」
そして何より。
「だけどまずは身の安全が第一。命を掛けて挑む覚悟だが、それは覚悟だけでいい。身を滅ぼしてしまったら最後、本当に迷宮入りしてしまうんだよ」
その迷宮に、いま俺たちは立ち、また新たな迷宮へ突き進もうとしている。
死も見た。だが、生も、見た。
「…それはちゃんと、みんなに伝えた方がいい。
お前は口下手だよな。だがたまにそうやってちゃんと饒舌だ」
「…そうかもね」
漸く厚労省の東京厚生局のビルが見えてきた。
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