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厄介なことになった。
朝方、出勤すると、部署の入り口でマトリの原田さんと政宗が互いに腕組みをして深刻そうに話をしているのが伺える。
俺と目が合えば「来たか」と政宗に言われた。
「…おはようございます」
「ちょっと来い」
政宗が原田さんの背中にあるマトリ部署に目線をやれば、納得した、仕方ない感じで少し頷いた原田さんが向き直ってマトリ部署を促した。
なんだ。
そのまま政宗とマトリ部署にお邪魔すれば、溜め息を吐いた原田さんがスーツの懐から封筒を出し手渡してくる。
目に見えた感じだと「辞表」で、両面見れば明け口側に「辻井貴士」とあった。
まさかと思うが…。
原田さんをちらっと見れば、開けてみろと顎で合図され、開けてみる。
見覚えがあるあの、俺が潜入したホストクラブだろうとわかる、明らかなる『合法ドラッグ直売所』の写真があった。
「は?」
「…あんたの差し金かと思って待ってたんだ壽美田さん」
「えっ、」
「じゃああの|兄《あん》ちゃんか。
これはウチが追っていたヤマじゃない。まさかと思って荒川に聞いたらあんたらここ、追ってたみたいじゃないか」
「えっ、まあ…」
「會澤のバイヤーだったんだよな、ここ」
「…はい。俺が潜入捜査して…。
先日獄中死した|浅井《あさい》|零士《れいじ》が経営していた元ホストクラブだと…」
「辻井は多分いまここを追っている」
「は?」
「恐らくは俺らのヤマじゃねぇから辞めたんだ。まだ受理してないんですがね、壽美田さん」
原田さんは明らかに怒っている。
何故だ。
何故辻井がここを追っている?何故知っている。何をしようと、している。
「まぁアイツは昔から少し突っ走る捜査員だ。俺も部長として把握していなかったのは責任がある。
だが多分、この団体はお宅らのヤマだ。つまりは不確かなくせにヤバいヤマだということで」
「はっ、不確かでヤバいヤマねえ、」
「待って政宗」
少しイラッと食いついた政宗を手で制し、原田さんを見つめれば、原田さんも少しは言葉を呑んでくれた。
「…つまりは辻井は勝手に、俺らも掴んでいなかったネタを手に入れた、だが俺も部下は把握していない」
「…互いに情けないな、壽美田さん」
全く。
「しかし俺にあんたがこうして言ってきたと言うことは、あんたは俺らが勝手にお宅の部下を連れ回した、この見解で間違いはないですか?」
「あぁ、そうだ」
「まぁ…可愛い部下が、組織を捨てたなら相当なリスクがあるわけですね」
「そうだな。
恐らく俺は、辻井が死んだとしよう。辞職するくらいの気概だ」
「…わかりました。
部下を当たります」
「本音を言やぁな、壽美田さん。
確かに似た部署だ。俺もあんたに頼み事はして不完全で終わった。部下を一人、殺した。それは俺の責任だな?」
「…なんなら、あんたはどうしてか政宗を置いてトンズラこいたな」
「そうだな。正直あれには色々あった。代償とは言わないがそれで部下を亡くしたと思ってる」
「何が言いたい」
こちらも食って出れば今度は政宗が「待てよ流星」と制してきた。
「言いたいことはわかるがつまりは潤を辞めさせたいのかあんた」
「違うな。
部下に辞めさせようなんて考えはねぇよ荒川。わかるだろう」
「俺が首を差し出せば満足ですか」
「流星、お前な、」
「話が早いな、流石特殊部署だ」
「なんだあんた、喧嘩売ってんのか」
制していたはずの政宗が原田さんに掴み掛かってしまった。「政宗、」ともう冷静に声を掛けるしかないが、正直政宗に拳を降ろさせる自分の情けなさは一度、この瞬間は捨てなければならないらしい。
「…まずはウチの部下に話を聞きます。俺もあいつは野放しにした節がある」
有無を言わせないように言葉は選んだ。原田さんの胸ぐらを掴んだ政宗は虚しい、といった具合にその拳を降ろした。
「悪い副部長…っ」
それを聞いた政宗は「いや…」と、ちゃんと拳は降ろしたが、やはり虚しいのは隠せないようで。
悪い、政宗。
これ以上ここにいればまだ、痞が出て行ってしまいそうで奥歯を噛む。きりきり、ぎりぎりと擦り減りそうだ。
原田さんはそんな俺らを見下すように皮肉に見て「わかりましたらお越し下さい」と言った。
「はい…」
原田さんを睨む政宗の肩を少し叩いて「戻りましょう」と、二人でマトリ部署を出て行こうとした背中に、
「あんたらには。
少し、魂は感じている。過去から、逃げられないのは、なんとなく、」
確かにそれだけは慈悲深く聞こえた気がした。少しの同情も、温情も殺してはいるかもしれない。
多分、この人のタイプはなるほど、政宗は嫌いかもしれない。
嫌いにはなれねぇ部長だと感じたのと、情けなさで「失礼します」と、俺はそんな常識しか言えないでいて。
「んだよ、クソっ、」と、閉めたあとに扉を蹴飛ばした政宗に「ごめん、」これしか出てこない。
「…謝ってんじゃねぇよお前も、」
「ごめん、それしか」
「んだよ…」
先に部署に入ろうとして、「俺が情けねぇだろうが」という本音が聞こえた。
結局俺たちは上司と部下、後輩と先輩だが、多分もう得ることのない、
戦友だ。痛みは、違えど。
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