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部署に入れば潤は、あの間に出勤していたらしい。デスクについてパソコンの起動を待っていた。
ドアが開きふらっと振り向き、「おはよう」と言ってきた声はいつも通り、しかしここ最近にしては健康そうな顔色。
少しは安心した。
政宗もそれは同じだったようで、少し肩の力が抜けたのが視界の端に入った。
「おはよう」
「…どうしたの二人して」
「ん…」
仕方ないな。
少し心を切り捨てて、「これ」と、辻井の辞表を潤に渡してみる。
潤は「は?」と言ってからちらっと上目遣い。頷けば恐る恐る、と言った感じで封筒の中身を確認し、「マジか」と驚いた。
「これ、あいつが?」
「みたいだな。原田さんから直々に俺にクレームが来た」
「は…っ」
覚えはあるらしいな。
だが、潤は驚いている。これは「てめぇ表出ろよ」と言うべきか、どうするべきかと一瞬迷う隙に政宗が、
「まぁ、タバコ吸いに行くぞ」
と促してくれた。どうやら拳を降ろさねばならないらしい。
椅子に掛けたジャケットのポケットからタバコを漁って手にした潤は無言で立ち、ついて行く意思表示をしている。
多分こいつは何かを知っているが、どうにもそれはやはり予想外だったのか、少し俯きがちだ。
三人で部署を出れば「なんで?」と潤は聞いてきた。
「…なんであいつは辞めたの」
「…お前の知ってることをまずは聞きたい」
少し声が重かっただろうか。潤は黙り込んでしまった。
「…お前がわかんねぇなら多分、俺らは絶対にわかんねぇんだよ、潤」
案外政宗は諭すような、そんな慈悲はあるらしい。
無言のままエレベーターに乗れば潤はどこか空中をぼんやり見つめ、「俺に辞めろって、部長さんが言ってたろ、それ」と溢した。
「…いや、俺だ」
「なんで」
「部下のやりとりだからだ」
「…部下って言うけど」
エレベーターは開く。「同士じゃないのか?」という潤は素直だ。
「…わからん」
俺にはわかんねぇな。
大体は、
そう、お前みたいにな。
あれからは一人でやって来たからな、俺も。
部署にいてもこうやって、同士だが、どうにも一人を感じるのはどうやら、俺が部長だからとか、そう言うことではないらしい。皆、多分本当は昔から感じていたんだ。
だから、あの事件が起きたのかもしれない。そう考えたら。
「残念だが潤、俺はわからないが、多分、…一人ではないんだよ」
引き止めないといけないのかもしれない。この狭い世界に。
あのステンドグラスの光景が浮かぶようだ。なぁ、そう。
世界はあんたが望んだほど、
硝子のような綺麗さではないんだ。
喫煙所について灰皿の前で火をつけふいに潤の顔を見れば、案外気の強そうな決意が見える。
「一人じゃないか」
「…まぁな」
「…俺も少ししか知らない。だがまぁあいつは張り込んでいるらしい」
「知らないってのはなんだ?」
「…俺も先日言われて、あそこが今は合法ドラッグ売ってて、
俺が潜入した方は今、『宗教団体 昴振興会』という名前になってる」
「…昴振興会?」
それって。
「…それを聞いて乗り込もうとしたらあいつに止められた」
「は?」
「なるほどな」
政宗はタバコの灰を落としてまた咥える。まだ長さはある。
「お前らマジで勝手にやろうとしたわけだな」
「うん。まぁ、情けないことに俺はいま、辻井からの連絡待ちだよ」
「ん?」
「俺は面が割れている可能性がある。
あいつなりに7年前のことやら色々調べたらしいな。俺らが…わりとヤバいの追ってるとか、そういうの。だから、俺はそんなに迂闊に動いたら下手したら死ぬんじゃねぇかと。
別に、正直構わないと告げたが、あいつの意思は固くてな」
「…んー」
それは。
「さぁどうする部長。
報告を怠っちまった部下は一回置いておこう。一般市民に成り下がろうとしてるマトリ捜査員一人をどうするかだ」
「待って。なんであいつ」
「お前、知らないわけだよなそこは」
「知らないも何もいま知ったじゃん、」
イライラしたように潤はタバコを消した。
嘘はないかもな、ただ。
「確証は」
「…確かに写真でなく、昴振興会はあった。入ろうとした」
「だが正直そうなるとお前なんてスパイ容疑だわ」
押し黙った。
だけど。
「…だが言ったよな。同士かはわからんが一人じゃねぇんだよ潤」
「…やっぱ辞めればいいか?俺の雁首持ってけば部長は」
「そうかもな。
だがそうなりゃ俺たちは辻井を保護する謂れがないな」
「なにそれ」
「それだけの事案だろ。お前、戦場に同士を置き去りにしてんだよ。
辞めるで済めばいいよ。お前なんて嫌いだし、別に構わないが、まぁ、正直言えば俺の道徳には反するな」
「…は?何?
苛めたいだけなの?なんなの。じゃぁ辞めるって」
「引き下がれんのかお前」
「だーもう。
お前も下手なんだよ流星。
てめぇが辞めて犯人が捕まるなら辞めろよ潤。
そうじゃねぇだろ、なぁ!」
政宗…。
「言ったよな。俺多分お前らを看取るまで死ねないわけ。潤、お前そんなんで保護者の…前副部長の無念を果たせるか?あの頃の悔しさは終わるのか、なぁ!」
「終わるわけないじゃん…!」
言葉を詰まらせながらも勢いで潤は言う。
「けど、」
「けどもクソもねぇ、てめえでそっちは方をつけろよ。
あぁそう、原田は辻井が死んだら辞めるってよ。そんくらいの気概だあいつ」
「はぁ?」
「黙って解決させろバカ潤。
部長、てめえもだよ!」
わかってる。
「わかってるよ。
フォローしろよ潤。好きにしろとは言わない、俺もそれは悪かった。ガセだったらあいつを説得しろ。以上」
「え、え」
「情けねぇことに俺はいまお前らに下げる面がなくなっちまったんだよ…このバカ!」
こんな情けねぇことねぇよ。
部下達が必死こいてる。俺だってそうだが、その必死がまだ、
7年経っても結び付かないんだよ。
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