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 慧さんや政宗が駆け付けても、流星はそれから脱け殻のようだった。
 せめてと最後の理性は、裸の彼女に自分のジャケットを掛けてやるくらいで。

 駆け付けた政宗も、言葉を失って何分か直立不動のまま「環ちゃん…、」と、驚愕の表情だった。
 後から現れた慧さんすら、一瞬戸惑った後に、「現場、保存しましょう…」と、無理に落ち着かせている声、漸くそれから「流星、」と政宗が声を掛けるも、返事すらなく。

 転がった流星のM18が目に入る。

「潤、頼んだ」
「…うん。はい…、」

 俺だって、まともに返事も出来ないまま、だけど冷静でいなくちゃならないのかも知れないと、頭を抱えた流星と、腰を抜かした壁際にいた伊緒を見て、「一回出よう」と、業務的なことしか言えないでいる。

 流星は立ち上がれない。
 伊緒と目があって、憎しみ混じった目で環ちゃんの遺体を見て、漸くよろよろと壁伝いに立ち上がった時だった。

「退いてもらおうか」

 聞き慣れた声に俺は一瞬事態を忘れそうになった。

 流星と俺以外、やはり俺と同じ「困惑」の雰囲気が漂った視線が、入り口に集中したのがわかる。
 その聞き慣れた声の人物を確認できない俺はきっと、どこかで、こうして出会うんじゃないかと思っていたんだろうと実感した。

「は、」
「なんでお前が…」

やっぱり。

「ここはFBIの管轄だからですよ」

…なんだって?

 漸く入り口をみた俺はやっぱり二重に、ショックやら何やら、色々な感情が動き出した。

 高い身長、口元の黒子。
 今は掛けていない黒縁のダサい眼鏡の向こう側の薄顔。優しい笑顔のはずの彼は、笑いもしない侮辱的な、睨みとも言えない鋭い目付きで言う、政宗に言う。

「あぁ、“|機動捜査隊隊長《きどうそうさたいたいちょう》 |山下《やました》|祥真《しょうま》”の方が、ピンと来ますか?」

 軽く嘲笑った口調だった。

「…なんだ、それ、」

 政宗は祥ちゃんにそう言った。
 だが祥ちゃんはこちらは見ても俺を見ずに「流星、あの女は誰だ」と、
驚く程軽蔑が混じった低音で、流星に言い捨てる。

 それから俺を見る目付きは他と変わらない。

「“|特殊捜査本部現場監督官《とくしゅそうさほんぶげんばかんとくかん》 |星川《ほしかわ》|潤《じゅん》”氏に訪ねたい。これは一体なんなんだ」
「はっ、」

 漏れた言葉は最早言葉ではない。

あんた一体何者なんだ。

 イライラしたように祥ちゃんはタバコを取り出し吸い始める。そう、赤の、ポールモール、次元と同じタバコ。
 そんな風にイライラしてタバコを吸う、殺伐とした姿、今まで見たことなかった。

「あ…、
 あんただって、どういうつもりで」

 ケータイが鳴った。

「失敬、」

 と断りを入れてから、ダルそうにガラケーを耳に当て、「はい、もしもし…」と、殺伐的に電話に出る。
 少し相槌を打ってから山下祥真は虚ろにまたこちらを見て「流星、」と無情なまでに機械的に放った。

「いまから高田さんが来る」

 その声には少し、少しだけ情があるような声なのに。

「青葉環は高田さんが処理をするそうだ」

 機械的で。
間を置いてから

「おい待て、処理ってなんだよ山下!」

政宗が山下祥真に掴み掛かる、そんな勢いで向かっていけばケータイをしまう。
 やっぱり掴みかかった政宗に山下祥真は言った「処理は処理ですよ」と。

「それと、ユミルは教会で発見されましたから。まぁ、死んでないと思いますよ」
「はっ、」
「流星。
 ユミルはてめぇが大暴れしたあの教会にいるぞって聞こえたか、おい」

 政宗に掴まれながら流星を冷たく眺め、煙を吐く。

「なんとか言えよ狂犬。
 てめぇがユミルを差し向ける生温さで喧嘩売ってきたんだろうが」

 流石にぴくっと起きた流星は言う。

「なに言ってんだか微塵もわかんねぇよケルベロス」
「ホントはわかってんだろ。
 なぁ、その女は誰だって聞いてんだよ。また同じだな、樹実さんと。密葬でいいよな流星」
「樹実と一緒って」

 政宗を無視する山下祥真と、本格的に顔を上げた、怯えた顔をした流星。殴り掛かる勢いの政宗に、俺は流星を離して立ち上がる。
 流星が見上げたのも、政宗が驚いて力を一瞬抜いたのもわかる。

「退いて」

 政宗に掛けた言葉は、驚く程冷たいが、怒気が八つ当たりのように出てしまった。

 震えるような気持ちで「祥ちゃん」やっぱり少し声が震えた。

 何故かそれに少し、いつもの表情と困惑が混ざった表情の祥ちゃんに、心を殺さなければならなかった。

「女の前で争うなんて紳士じゃねぇよ」

 完全に政宗は手を離した。

「どういう理屈か知らねぇが、環ちゃんを早く解放したい。政宗も慧さんもそうして。
 彼女は最初の被害者だろ」
「それはムリだよ潤、」
「ムリじゃない」

 祥ちゃんが吐いた溜め息は震えている。
解り合えないかもしれない。

 静かにS&Wを抜いて、俺は山下祥真に向けるしかなかった。

「…参ったな…」
「高田さんがどうするかなんて俺には関係ない。その子はもっと関係ないだろ」
「…潤にはわからないだろうな、こんなもの」
「わかりたくも、」

情けない。
気が遠くなる気がする。
俺は何も知らなかったんだよ、全部。

「潤、やめてくれよ、」

 流星の声がした。
 後に、首筋に拳銃の、冷たさが当たった。だが銃口は祥ちゃんに向いていて。
 急激にまた冷たい視線になった山下祥真は、顔を歪ませて言った。

「表に出ろ、」
「…そんな場合じゃねぇんだよ」
「俺に銃を向けるのは、」

 下げた。あの流星が。

 そして俺の肩を掴み「悪いがまずは伊緒と、…政宗と慧さんに、教会へ向かわせてくれ監督官」

「はぁ?」
「待て流星。お前なに考えて」
「部長命令だよ」

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