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 しんとしてしまった。
 振り向いても流星は淡々とする。「遺体は俺が引き取る」と。

「潤もユミルを」
「ふざけんな。
 俺はお前にもこいつにも、聞きてぇことなんて、
死ぬ程あるんだよっ、」

けど今は。

「…悪いけど副部長、鑑識と保護つれて教会向かって」

 この背中は政宗にどう映るだろう。
あの人の血塗れた死体と同じかな、流星の、樹実さんを殺したそれと同じかな。

結局、そこに戻る道を歩んできてたのはもう、みんなわかっているだろうけど。

「…潤、」

 言っておこうか。去るその先輩の背に。

「…もしも何かあったら、思い出したら聞いて欲しい。
 政宗、俺の家には正体不明のUSBメモリが…、多分、どこかにある。それだけはあんたに託す」
「は…?」
「山下祥真の正体不明の…、」

 出会った日の、

「あのCD-Rは、どこに、あるの」
「…潤。
 それを知れば君は前科が付く。だから」
「前科ぁ?
 んなもん…、元からあるようなもんじゃない、あんたも、俺も、」

ダメだな。
感情を出さない子供のままでいたかったよって、雨さん、俺どうしてそう思っちゃうんだろうね。
でも、やっぱ今は悪い子でいる。

 ちょっと唇を噛んで、でも涙腺は本当は痛いくらいなんだけど、耐える、絶対。
 だから、頼んだよ。了承してくれ。

「潤…。
もう、勘弁してくれよ…」

 政宗と慧さんは多分去った。
 折れたのは祥ちゃんで、その場に座り込んでしまった。
 声なく、流星が脱力したのはわかった。

「祥真。
 俺はお前なんてマグナムだと、まだ思ってる。でも…」
「…ははっ。
 昔の君なら間違いなく俺はいま地べたになんて座れなかったね。でも互いに変わってない」

 祥ちゃんは脱力したように腰元から、次元のリボルバーをだしたけど、じっくりと、眺めて、しばらく俺たちには沈黙が流れる。

「…俺はある日、全て…、亡くしたんだと、子供ながらに思ってな。
 歯向かえないような奇跡が起こり、濁流のように流れていまここにいるんだよ、…流星」

 祥ちゃんは脱力したようにタバコを一本だし、その一本をしばらく眺めては、空になったポールモールを捻ってぶん投げた。
 吸わないでただ、力なく指に挟まれたその、口許が茶色いアメリカタバコに、俺は自分のキャスターを出して咥えた。

 外れだ。
 俺は政宗のマルボロだけど。

 着火の音も響くここは、雨さんの部屋だったんだって、知らないだろう。
 俺を見上げた祥ちゃんに、「吸う?」とキャスターを差し出してみた。

「そいつが『洋モクパンドラ』とか勝手に名前つけたくらいにほとんど洋モクだけど。キャスター当たったら却って凄い」

 一瞬間があったけど。
「ふっ…ははは!」と祥ちゃんは、いつものように笑った。

 けれど切なそうに「いいや」と言って、自分のポールモールを咥えて火をつけた。

「…たまに吸ってるから。潤のやつ。
 …カナダにいた頃、俺の世界はこの部屋くらいの広さだった。夜は外出禁止で、決まり事はたくさんあって。
 それを破ったら夜に拷問を受ける。それは神の洗礼だと言われていたが、子供たちは知っている。大人はみんな悪魔なんだって」
「…祥真?」
「流星、君もきっと同じ世界にいたんだ。ある日ヒーローが来るのを待っている。けれど辛いときには何もない。このままここで死ぬのかもしれないな、意識のどこかでそれが頭を掠める、そんな世界なんだよ」

…なんの、話?

「…祥真、まさか」
「君は忘れてしまったようだね。
 俺は覚えてる。いまでもずっと。ある日アサルトやら、サブマシンガンを摘んだ男がやって来て、皆を殺していくんだ。
そして朝がやって来て、外に出てみたら全てが、ただっ広くなっていると知る。
俺は悪い子供だった。
 死にたくないと、同じ箱に住んでいた子供を何人も、何人も盾にして、」
「待て、祥真、」

 流星が声をあげた。
 驚愕の表情で「待ってくれ、」と頭を押さえるが、祥ちゃんは感情もなく流星を見て煙を吐いた。

「俺は生き延びることを選んだんだ。けれど君のように、その場から動くことは出来なかった」
「何を言って、」
「俺は一度そこで死んでいる。だけどここにいる。たくさんの、死んだ子供を糧にして」
「待て、って、それは、」
「君の兄の茅沼樹実は全てを焼き払う、冥界王のような男だった」
「はっ、」

樹実さん?

 頭を抱えた流星は震えていた。
 何を聞かされているんだ俺は。

「…待って、
どうして樹実さんが」
「樹実はもう…10年以上も前、ある宗教団体の殲滅をしたんだ。
 その組織はカナダにもそう、ベトナムやら、フィンランドやら、これは最早樹実や熱海さんしかしらないだろう、各国にあったんだ。
 実態はイマイチわからない。気付いたら俺はそこにいたが、言語はいまのこの日本語で不自由はなかった」

宗教団体の、殲滅?

 祥ちゃんは流星を見て、「思い出せよ流星、」と震える声を掛ける。

「俺は12歳だった、お前は何歳だった?」
「やめろ、」

 声が低い。
 スイッチが入ってしまうかもしれない。

「流星!」

 その前に、切るしかない。

「祥ちゃん、やめて。
 過去なんて後で」
「温室育ちの君にはわからないだろう。だけど、君だって似たようなものだろ。君の父がそれを利用したことなんて、
流星が過去を消し去ったことなんて、君には知らないことなんだろ、なあ、」
「…は、」
「だから君は優しくなれたんだよ、潤」

祥ちゃんは。

「…俺の存在まで知ってるの、祥ちゃん」

 祥ちゃんはタバコを揉み消した。

「…だけど、」

 俯いて祥ちゃんは続ける。

「それは君も流星も…青葉環も、エレボスも悪かった訳じゃないんだ」
「じゃぁ、」

何が言いたいんだよ。

 祥ちゃんは顔を上げてニヒルに笑った。

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