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黙って祥ちゃんは着いて来ていたけど、ふと、「ねぇ潤」と呼ぶ。
「俺のことどう思う?」
何故そんな。
答えにくいことを聞くんだろう。
この戦艦は、そんな自傷の一つだけ。
祥ちゃんだって、あの時は、どうだったって。
ふいに後ろへ手を引っ張られた。
体勢を崩してあぁ、思い出すんだあの時の、あの変態の。
口を塞がれ、俺に馬乗りになった祥ちゃんは悲しそうでも、嘲笑うかのようでもあった。
「答えられないか、これじゃ」
左手に祥ちゃんの右手が重なる。
耳元で、吐息のように祥ちゃんは、吐き捨てた。
「君なんて大嫌いだよ、潤」
そうか。
何故俺は抵抗しないんだろう。
右手は離れてネクタイが緩められる。嫌でも、有島や栗林のあの舌の感触が思い出される。低酸素だ。だけど、自分がやって来たことの一つで。今日は、
今日も、ヒーローはいない。
首筋の舌触りに泣きそうになった。祥ちゃん、俺はね、だからあんたとはそうなりたくないよって言ってきたと思う。あんたは、いるだけで、生きてるって感じていたから。ねぇ、
「君の純粋なその、綺麗な水のようなそれは、ホントに、ホントに大嫌いだよ、」
変わりに左手にはひんやりとした、
触っただけでも解る、コンバットマグナムが握らされて。
けどどうして祥ちゃん。
俺の胸で悶えて吐く息、言葉、それが泣いてるように熱いんだよ、ねぇ。
悶えた、と言うよりしがみついた祥ちゃんは俺の首筋に舌を這わせているけど。だから性感帯は脳に遠く響いてるんだけど。
シャツの第一ボタンで俺はこの人を止めなくてはならないと本能的に、そのコンバットを自分の蟀谷に当てていた。
祥ちゃんが一瞬怯んで「はぁ?」と、泣きそうな顔を上げた瞬間、利き手じゃないくせに右手でその頬をぶっ叩いていた。
祥ちゃんの、俺の呼吸を奪っていた右手はよろけた彼の体重を支える。
「喧嘩売ってんの、このヘタクソ」
唖然とした、ショックだった、取り敢えずどちらも見てとれる表情のまずは左頬に手を添えてみた。
優しくそこから首筋へ指を這わせて上半身を起こして抱きついた。コンバットは邪魔だからそのまま床に起きっぱ。
俺のマウント取ろうなんざ10年、いや、百万年早いんだよ。
形勢逆転した俺は祥ちゃんを組強いて言う、
「だからなんだってんだよこのクソ野郎っ、」
手に取ったのは、
M92だった。
額に押し付けた瞬間に祥ちゃんは、諦めたような、悲しくも微笑む表情だった。
「ねぇ祥ちゃん、俺たちが出会ったときを俺は忘れてないよ。祥ちゃん、あんたはあの時俺があそこにいるだなんて知らなかったんだ。あんたは自分で死のうとしたんだ、でもさ、今生きてるじゃん、俺たち生きてるじゃん」
答えない。
「嫌いでも偶然でもなんでもいいよ、だけど俺は多分忘れないんだよ!
知ってる?ここ、雨さんに助けられた場所なの。あの時の俺は生きてると感じた、死んでるように。そんなのあんたみたいな、死体食ってでも生きようとしたあんたになんてわかんないでしょ、」
「…やめろよ、」
「流星にだって、俺がこんな、よくわかんねぇ重い銃、撃てないなんてわかんないかもしれないけど、」
今度はM92を捨て、自分のスミスアンドウェッソンのスライドを引いて蟀谷に当てた。
「やめろって潤、」と止めるときには泣いていた。
雨さん、雨さん、
俺やっぱ、大人になっちゃったみたいだよ、ねぇ?
「俺も自分なんて、こんなクソ野郎なんて大嫌いだよ、」
「待って、潤、」
「待てねぇよ!」
歯を食いしばって。
焦って止めようとするその祥ちゃんの右肩にスミスアンドウェッソンを押し当てた。動けないように、近付いて鼻先で告げる。
俺、あんたの生き様はカッコいいと思ったんだよ、祥ちゃん、
「死にてぇなら何度でも殺してやるからぁ、」
『お前は護身用だな』
樹実さんの笑顔が滲む。
片手とか、マジ衝撃。こんな軽い銃だって。
祥ちゃんは舌を噛んだように顔を歪めた。
「俺は祥ちゃん、大好きだよ、ねぇ!」
二度と、これで。
祥ちゃんは、いつも嘘吐きだったんだ。
唸って肩を押さえる祥ちゃんの腕に、自分のジャケットを脱いできつめに縛った。止血とは程遠いけど。
苦しそうに「潤、」と、唸る祥ちゃんの、さっきぶっ叩いてしまった頬を、血塗れになったその手で撫でるしかない。
「…ぶっ叩いてごめんね。思ってないけど。
帰ろうか祥ちゃん」
「くふっ…ぅ、」
初めてだ。祥ちゃんは、痛みに耐えるように、
全てに耐えるように泣いた。そんな祥ちゃんから降りて、肩を貸して立ち上がらせる。
残念ながらおぶれないけど。
所持した銃はそれぞれ、生きた証として拾っといた。
肩から下がる祥ちゃんの腕からは血が流れている。どういう意図か知らないが、多分、銃弾が入ってもいないM92に思う。
悪いな流星。俺は俺のやり方で地獄の番人を引きずり下ろしたよ。
そして持ち帰るもんは戦利品だ。確か車にコートくらいあったよな。それで勘弁してくれ。こっちだって事故だし。
「ごめん、潤、」
泣きながら謝る祥ちゃんは、無視し続けた。
第三資料室までの道は血塗れだ。だが
「悪いな流星。車出すから早く行こう、コート、確かあるから」
そう聞いた流星は驚いたようだが、
「わかった」
それだけ言って環ちゃんを、背中に抱えて歩き出し、俺たちは海軍訓練所を出た。
第三資料室から入り口まで、血塗れになった。
「そうそう、お前のクソ使えねぇ拳銃は返すよ」
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