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 ケリーは腕組みをして俺を睨む。
なんだか知らねぇが、トラウマなんてなぁ、

「ビルに飛行機突っ込んだ時も、父親が殺されたときもその後今現在だって俺は俺だ。トラウマなんて、そんなもん、
 あぁそうだ俺の初体験は父親だった、母親だった、俺は家族を持ったこともない、唯一持った家族だって死んじまった。
 今いるショウマ・ヤマシタが家族かどうかはわからない。リュウセイが相棒だなんて気持ち悪い、ユミルが仲間か友人かすらわからない、だからなんだ、それがなんだよ、居ても居なくても俺にはこれだけがあるんだよ、なぁ違うか!?」

だけど。

「だけどあるのが事実だ、辛いのは事実だ、でも、」
「潤、わかった、おい!」

 流星がそう言った。
 ケリーの表情は最早、見守るようなものになっていて。

「…お前のことはいつまで経っても嫌いだ。だがそんな身投げされんのは胸糞悪いんだよ潤。
 頭使えよ、どれだけ温室かなんていいよ、わざわざ一人で遠くに行くなスポッター」
「はっ?」

 堪えるようにケリーを、恐らく睨み上げたのだろう流星は「ミスターケリー、」と告げる。

「わからない。俺にも自分は、正直ここにいる誰よりもわからない。だからどうだ、そこになにがあるか、捨てるものすら手元にしかない俺が行くのはどうだ、」
「…まぁ、」
「合格か不合格かで答えが欲しい。俺はまだまだ、そう、世間知らずなままなんだ、ケリー」
「…あっそう」

 それからケリーは祥ちゃんとユミルを順番に見て、「どうだろうな」と言う。

「過去は繰り返され、襲い掛かるのは誰なのか。昔捨てた物は、戻って来ないと、私の知り合いはよく言ったよ」

 そしてケリーは扉に手を掛ける。

「拾い集めて背負うことが綺麗ではないと、捨てちまえば楽なんだろうな、きっと。逃げかどうか、まぁ見せてくれよ」

 扉が開く、
 祥ちゃんが歯を食い縛るように俺と流星を見ている。淡々とケリーは心なしか俯いている。
 振り向いた流星はどんな表情か、哀愁のような気もするし、鉄面皮のような気もする。

 12年を知らない流星と、すべて捨てた気にさせた俺はその扉に入ることを許された。
 扉は閉まる。もしかしたら殺されるのかもしれないとどこかで感じたのだが。

「っ…あっ、」

 流星は入ってすぐにしゃがみこみ、頭を抱えた。

 だがそこはただの真っ白い、空間、遠近法すらよくわからなくなるような、ただっ広い部屋だった。

 確かに、強迫観念は迫ってくるような、そんな場所で。

「大丈夫かリュウセイ」

 感情を捨てたようにケリーが声を掛けた。

「こ、れは…?」
「君にはこれが何に見える?ジュン・ホシカワ」
「…は?」
「これはこの子達の世界だったんだ。“カオスの部屋”と言うらしい。世界の終わりと始まり。それを、私たちは再現した。
 ラケシスという女神がギリシャに出てくる。運命の長さを定め、割り当てる。この子達の宗教はそれを元にして生まれたのかもしれないな。
 この部屋は恐らく、戦いを望んだ物だったんだ。
 リュウセイ、君はそこで何を見た、何を失った、どこへ行くんだ一体」
「…待って、」
「君はこの部屋に似た場所で育ったんだろう?」

似た場所で?

 ケリーの問いかけに流星は、息を荒げながら自分の前髪を掴み、睨みあげた。

「彼らが望み作ったものは“ウィクトリア”だった。君やショウマやユミルは、ウィクトリアの為だけに収容された“偽善”に過ぎなかったのではないか?」

なんだ、それ。

 ケリーはしゃがんで流星を見て手を差し伸べた。

「それを壊したのはイツミ・カヤヌマであり、それに消されたヒーローだったんじゃないのか、リュウセイ」
「何、それ」
「私にもわからない。
 イツミ・カヤヌマを置いた彼の父の勧善懲悪が、もしかすると君たちのトラウマになったのかもしれない。その懲悪には確実に、君の父であるタクミ・ホシカワがいたのさ」

…は?

「早い話がヒーローには、悪役が必要不可欠だった、というわけ。ジュン、君だってそれの被害者なんだ」
「どゆこと?」

 ケリーはまるで神々しく立ち上がり、手を翳してみては言う。

「神は1日目に天と地を作った。暗闇しかないその場所へ光を作る。暗闇を「夜」と名付け光を「昼」と名付ける。旧約聖書の話だ。
 これは冒頭で、7日で世界を作り上げたんだとよ。
 光と闇をどう解釈するか、イッセイは、何を光とし闇としたか。国に殉じてしまったんだ」

それって。

「イッセイ・スミダは国に殺された。ここを、私は6日目の、“獣と家畜と人”を作った段階だと読む。君達の国はそういうところだ。
 ラットはそれ故にイッセイを選び、国は二人を捨ててしまった、
 ここで7日目の“神の休業”が与えられ、また1日目を始めたのならジュン、君ならいま、何日目だと思う?」
「…何が言いたい、」
「本当は知っている筈だ。私にはわからない歴史は、君たちが恐らく…掴んでいるんだよ」

つまり。

「…あんたはエレボスを知っているのか」
「エレボス…か。暗黒の神。それを作るものは神か、神話を作り出す人か、なんだろうね。まるで、あの頃と同じビジョンを見るようだなあ」
「あんたは、何を知っているの?」

 何かの比喩なのは間違いないが。
 ケリーは「わからないんだ」と、切なそうに微笑んだのだった。

「私に出来ることは後生に神話を語り継ぐこと。
この“光の会”は、皆平等、兄弟として殺人兵器を作り上げた、それが日本人の発想だったようだよ、ジュン」

何、

「…祥ちゃんやユミルや流星は、」
「そう、そこで育った家畜か…」

 流星はそんなケリーに素早く、拳銃を向けたのだが。
 スイッチは入ってしまっている、しかし泣きそうで、歯もかちかち鳴っている、一言「やめてくれ、」とも言えているんだけど。

「ぃっ…つみが、ぶっ壊した世界は、」
「流星、」
「君が見たらいい。リュウセイ。
 君は世間を知らないんだ」

そうか。

「エレボスは対となり、神が作った…」
「察しがいいな、ジュン・ホシカワ」
「…そうか…」

 俺は流星の拳銃を掴んで下げ、見つめる。

自分の正義はなんだったのか、俺だって怖い。ほら見ろ、お前の銃を掴む俺の手だって震えているだろ。

 流星は力なく、銃を下げては項垂れた。

「流星、」

出来るだけ優しく言えるように。

「俺は雨さんが残してくれた、
樹実さんに託された何かを持っている。見るのが怖かった。何があるかわからない。
 日本に帰ってロシアンルーレットしないか?弾は、わりと詰めてあると思う。
 きっと空だと信じたいのは、多分お前と一緒だから」

雨さん、

「潤…」

樹実さん…っ。

 ケリーが言う、
「良い正義だな、真っ直ぐで、濁りない」
と。

「国だなんて、世界だなんて、どうだっていいよ、ねぇ。俺は、温室でも狭くても、まずそこを信じてみるよケリー」
「…そうだな」
「待ってて。けどひっくり返したら悪いね。
 ひっくり返らなかったら、まず皆と、葬式やってくれと言いにくるよ」
「いいよ、別に。
 勝手に死にやがれ、クソガキ」

ありがとう。

 俺は流星を連れ、ケリーを背にして日本に帰ろうと、そのトラウマに背を向けることにした。

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