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「流星さ」

 右、だの左だのの合間に潤が何事もないような、含みも持つような、何を考えているか想像もつかない口調でふと、言った。

「…高田さん、なに考えてるんだろうな」

わかっていたけど。

「…なにが?」
「一緒にやって来てそういうとこ、お前はバカじゃないって俺知ってるけど」
「…はぁ、」

 溜め息が出る。やっぱ、そうなるよな。て言うか、そうなんだよな。

「…予想もつかねぇよ」

 昔から。

「…出会った頃からわかった試しなんてねぇよ、あの」

 …サイコパス野郎、なんて。

「…お前がわかんねぇんじゃもう、本人にしかわかんねぇよな。別にさ、一瞬もあの人を善良だなんて思ったことはないし、上司とか、なんだろな、まぁホントになんとも思ったことはねぇの、俺は。
お前なら少しは、義父だとか上司だからだとか、そう俺に答えるかななんてな、思ったんだけどね」
「いや、まあ多分、お前くらいには…そりゃ思うよ。一応は、長年やって来たわけだし」
「樹実さんは」

 信号が赤になる。コンビニの前あたり、と潤は言う。

「…どうしてお前を高田さんに託したのかな。いや…わかってたかな?」

 信号は変わる。車を発進させた。

「…わかんねぇな。誰のことも。きっとこれからもわかんねぇよ」
「…そうかもねぇ」
 「あ、そこそこ入って」と言うのに従う。
 案外普通の、マンションだった。きっと、7階建てくらいで、新築でもなさそうな、本当に当たり障りのないところ。

「…案外普通の所に住んでんのな」
「もっとお高いところだと思った?」
「うん、正直」

 車を停めると潤はシートベルトを外すが、ぼんやりとしながらタバコを咥えた。
 帰りたく、ないだろうな。ここはいつから住んでるのか。雨さんとも住んでいたのか、わからないけど。

「…いつから?」

 何を、とは、聞けない。それはタバコを咥えて割愛した。
 「ここ数年」と潤は言う。「お前と違ってね」何が、これは煙で割愛したようだ。

「…でも、似たような所かな。あの人高いとこ、嫌いだったから5階くらいでさ」
「地に足つかねぇってか」
「そうそう、偏屈だよね」

 笑った空気を感じる。
 きっと、樹実が陸軍航空自衛隊だったからだろうなと、ぼんやりと考える。

「まぁ、いいんだけどさ。どこでも。どこ行っても俺、変わらず引きこもりだから」
「まぁ、」

 お前のはちょっと、理由ありな気がするけどね。動物保護するのと、あんま変わらないような。囲われたり、そんなもんなんだろうと、勝手に予想しか出来ない。

 互いに煙を吐く、そんな沈黙が過って。
 互いにどれ程長くても、そういうタイミングは訪れる。空気を読む、というのだろうか、なんなのか。

「なんかさ。
どんなもんであっても、死んじゃったらもう逢えないとか、シンプルな結果しか生まないのにな」

 吐く言葉はやはり、軽い潤だけど。

「…そう思わねぇ?マジでさ」
「うん…まぁね」
「さて、」

 潤は漸く助手席を開けて車から出る。まだ空気は冷たいままで、空は澄んでるのかわからないような、朝日も登らない朝。

 何を考えているのかはわからない。だけどスッキリと見える潤の背中は不思議なものだ。

 それから潤について行く。5階の、端の、ごく普通のマンションの部屋に。
 朝の5時頃の現象。ごく自然に「ただいまぁ」と言って靴を脱ぐ潤は、「風呂入れば?」と何事もなく言っては、リビングの横にある寝室のベットにそのまま大の字に寝転び、空気を確かめるように目を閉じた。

 ここで祥真と暮らしていた潤の姿なんて、思い浮かばなかった。けれども、綺麗に揃った調理器具や、ソファに置かれた新聞、…何より、リビングのテーブルに畳んで置いてある黒縁眼鏡。より、二人の姿を遠くする気がした。

 潤は目を開けない。一人でいたいのかもしれない。俺には想像がつかないが、この生活感、埃すらない普通の家には潤しかわからない感慨があるんだろう。

「…テキトーにじゃぁ風呂、借りるわ」
「アメニティならテキトーに洗面台にあるから」

 お前の方が風呂に入ったか疑問だけどな。まぁ、いいわ、そんなこと。

 特に風呂には入りたくないけど(ましてや他人の家)仕方ねぇかと玄関あたりにあった風呂場を借りることにした。

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