5
「流星さ」
右、だの左だのの合間に潤が何事もないような、含みも持つような、何を考えているか想像もつかない口調でふと、言った。
「…高田さん、なに考えてるんだろうな」
わかっていたけど。
「…なにが?」
「一緒にやって来てそういうとこ、お前はバカじゃないって俺知ってるけど」
「…はぁ、」
溜め息が出る。やっぱ、そうなるよな。て言うか、そうなんだよな。
「…予想もつかねぇよ」
昔から。
「…出会った頃からわかった試しなんてねぇよ、あの」
…サイコパス野郎、なんて。
「…お前がわかんねぇんじゃもう、本人にしかわかんねぇよな。別にさ、一瞬もあの人を善良だなんて思ったことはないし、上司とか、なんだろな、まぁホントになんとも思ったことはねぇの、俺は。
お前なら少しは、義父だとか上司だからだとか、そう俺に答えるかななんてな、思ったんだけどね」
「いや、まあ多分、お前くらいには…そりゃ思うよ。一応は、長年やって来たわけだし」
「樹実さんは」
信号が赤になる。コンビニの前あたり、と潤は言う。
「…どうしてお前を高田さんに託したのかな。いや…わかってたかな?」
信号は変わる。車を発進させた。
「…わかんねぇな。誰のことも。きっとこれからもわかんねぇよ」
「…そうかもねぇ」
「あ、そこそこ入って」と言うのに従う。
案外普通の、マンションだった。きっと、7階建てくらいで、新築でもなさそうな、本当に当たり障りのないところ。
「…案外普通の所に住んでんのな」
「もっとお高いところだと思った?」
「うん、正直」
車を停めると潤はシートベルトを外すが、ぼんやりとしながらタバコを咥えた。
帰りたく、ないだろうな。ここはいつから住んでるのか。雨さんとも住んでいたのか、わからないけど。
「…いつから?」
何を、とは、聞けない。それはタバコを咥えて割愛した。
「ここ数年」と潤は言う。「お前と違ってね」何が、これは煙で割愛したようだ。
「…でも、似たような所かな。あの人高いとこ、嫌いだったから5階くらいでさ」
「地に足つかねぇってか」
「そうそう、偏屈だよね」
笑った空気を感じる。
きっと、樹実が陸軍航空自衛隊だったからだろうなと、ぼんやりと考える。
「まぁ、いいんだけどさ。どこでも。どこ行っても俺、変わらず引きこもりだから」
「まぁ、」
お前のはちょっと、理由ありな気がするけどね。動物保護するのと、あんま変わらないような。囲われたり、そんなもんなんだろうと、勝手に予想しか出来ない。
互いに煙を吐く、そんな沈黙が過って。
互いにどれ程長くても、そういうタイミングは訪れる。空気を読む、というのだろうか、なんなのか。
「なんかさ。
どんなもんであっても、死んじゃったらもう逢えないとか、シンプルな結果しか生まないのにな」
吐く言葉はやはり、軽い潤だけど。
「…そう思わねぇ?マジでさ」
「うん…まぁね」
「さて、」
潤は漸く助手席を開けて車から出る。まだ空気は冷たいままで、空は澄んでるのかわからないような、朝日も登らない朝。
何を考えているのかはわからない。だけどスッキリと見える潤の背中は不思議なものだ。
それから潤について行く。5階の、端の、ごく普通のマンションの部屋に。
朝の5時頃の現象。ごく自然に「ただいまぁ」と言って靴を脱ぐ潤は、「風呂入れば?」と何事もなく言っては、リビングの横にある寝室のベットにそのまま大の字に寝転び、空気を確かめるように目を閉じた。
ここで祥真と暮らしていた潤の姿なんて、思い浮かばなかった。けれども、綺麗に揃った調理器具や、ソファに置かれた新聞、…何より、リビングのテーブルに畳んで置いてある黒縁眼鏡。より、二人の姿を遠くする気がした。
潤は目を開けない。一人でいたいのかもしれない。俺には想像がつかないが、この生活感、埃すらない普通の家には潤しかわからない感慨があるんだろう。
「…テキトーにじゃぁ風呂、借りるわ」
「アメニティならテキトーに洗面台にあるから」
お前の方が風呂に入ったか疑問だけどな。まぁ、いいわ、そんなこと。
特に風呂には入りたくないけど(ましてや他人の家)仕方ねぇかと玄関あたりにあった風呂場を借りることにした。
- 358 -
*前次#
ページ: